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男子高校生・昼

 四限の終わりを告げる鐘が鳴ると、一斉に教室は騒がしくなる。教師が出ていかないうちにがたがたと机や椅子の音がして、整然と並んでいた机はたくさんの島をつくる土台になる。俺の周りにはいつもと変わらない顔ぶれが集まった。
「あれ、弁当は?」
「あー今日親が寝坊したんだよね。買ってくる」
「じゃあジュース頼んだ」
「なんでだよ」
「ちゃんと払うから」
「はいはい」
 スマホ片手に弁当をかきこむ友人を横目に、財布を持って立ち上がった。購買は混んでいてあまり好きではないから、移動教室のついでになにか買っておけばよかったと後悔する。今から行っても余り物のパンくらいしかないだろうな。今日だけだからなんだっていいけど。

「あ、仁科くん」
「久下さん」
 隣のクラスから出てきたのは最近よく会う女子だった。どうやら家が近いらしく、朝一緒に登校することが多い。たまに冷やかされて面倒だけれど、断る理由もないからそのままにしていた。避けるために登校の時間をずらすほうがもっと面倒だし、毎日の行動なんてそんなに変わらないのだから、一度会うようになればこの先も会い続けるのだろう。
「なんか買いに行くの?」
「うん、今日弁当なくて」
「そうなんだ」
 自然と並んで歩き出す。久下さんも財布を持っているようだった。
「久下さんも購買?」
「そう、さっき体育で、温かいの飲みたくて」
「体育だったら温まってるんじゃないの」
「えーそうかな、わたし冷え性だから全然」
「そっか」
「うん」

 微妙な沈黙が漂うのを感じる。仲の良い友人となら気にならない無言も、こういうときは気になるものだ。相手が女子ならなおさら。
 人見知りで口下手だという自覚はあるけれど、自覚があるだけではどうにもできないなと思う。クラスの中心にいるような奴はこういうの得意なんだろうな。中心にいたいわけではないが、コミュ力は高いほうがいいはずだ。その技術だけ盗めたら人生楽できる気がする。
 久下さんはどちらかというと中心側なのにあまり喋らないのは、実はコミュ力とクラスでの位置は関係ないってことなんだろうか。女子のコミュニティはわかるようでわからないから、これもわからないままだ。中心にいると思っているのだって雰囲気とか外見での判断だし、それすら違うのかもしれない。

「やっぱ混んでるね」
 階下にみえる購買は人で溢れていた。大きなざわめきに、まだ階段を下りる前なのにうんざりする。
「ゆっくり歩いたんだけどな」
「え、なんで?」
「時間置けば人いなくなるかなって」
 久下さんは不思議そうな顔をしている。
「それじゃ余り物ばっかになっちゃうじゃん」
「今日だけだしなんでもいいんだよ」
 人気のカレーパンには興味がないし、最悪一食抜いたってなんとかなる。お腹が空いたら帰りにコンビニでも寄ればいい。
 久下さんは急に笑い出した。
「仁科くんって面白いね」
 よくわからないなぁ。

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