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宇宙船こたつ号

 目の前にはミカンの積まれたカゴ、スナック菓子、カフェオレ、テレビのリモコン、携帯、充電器、ゲーム機。もちろん身体はこたつの中。
 完璧。わたしの年末年始はこれで決まりだ。ほぼ動かずに何処にでも行ける、宇宙船こたつ号。
 あとは邪魔さえ入らなければ。

「ねぇお姉ちゃんってば」
 ゆさゆさ、身体が横揺れしている。もちろん地震ではなくて、妹のせいだ。
「なによ」
「さっきから呼んでるんだけど」
「だからなに」
「で・ん・わ!」
 それくらい自分で出てくれ。わたしは忙しいのだ、わたしの時間を満喫することに。

 断固として動かないわたしを見かねたのか、妹はため息をついて携帯を手に取った。いやあんたの携帯かよ。元々うちには固定電話なんてないんだった。
「……もしもし」
 妹は誰がみてもわかる、心底嫌そうな顔をしていた。あの顔じゃ、電話の相手は母だな。今年最後の、定期連絡。

 逃げるようにふたり暮らしを始めたから、しょっちゅう電話がかかってくる。心配する気持ちもわかるけれど、放っておいてほしいのに。ひとり暮らしならともかく、姉妹ふたりなのだ。何かあれば、どちらかがどちらかを頼って生きていける。
 わたしが居留守を決めこむせいで、基本的に相手は妹の携帯だ。一緒にいるときはこうしてわたしに渡そうとしてくるけれど、やっぱりわたしは居ないことにしている。
 一時期妹も居留守を使っていた。しかし更に高頻度でかかってくるから、どうにもできないまま今日に至る。場所をいくら変えても、逃げ切ることはできなかった。着信拒否にすることは、何となく踏みとどまっている。

「こないだも言ったじゃんそれ。元気だよ」
 ぶっきらぼうな妹は今限定。父親相手だともう少し優しくなるのは面白いところだ。あまり干渉してこないから楽なのだろう。
「お姉ちゃんも。大丈夫」
 わたしに目配せしてくるから、今日も拒否する。絶対出ない、という強い気持ちを込めて、カフェオレを啜った。甘すぎない冷たさが喉を降りていく。温まった身体とこの冷たさは相性がいい。

 妹は今日も小言を言われているようだった。言い方を変えただけで、おおよその内容は同じもの。
 家に帰ってこいだとか、ちゃんと食べているかとか、そもそも何をしているのかとか。秘密主義のわたしたちは、聞かれる度にはぐらかしている。
 あくまで実家、と呼ばないのは、母の意地なのだと思う。このふたり暮らしは家出の一環で、居るべき家はこっちだと言うように。成人済みの娘ふたりの居場所くらい、身勝手に決めさせてほしい。

「帰りません」
 凛とした声で妹が言った。
 母からの反論をかき消すように、電話を切る。
「やっちゃった」
 少しだけバツの悪そうな、けれど清々しい目だった。反抗期のわたしに隠れていただけで、中身は似てるよね。
「いいんじゃない、たまにはさ」
「そうかな」
「年末年始くらいゆっくりしようぜ」
 にひひ、と笑ってみる。ピースサイン。妹は少し安堵したようだった。
「姉妹水入らず?」
「いつもそうじゃん」
「まあね」

 これでも食べなよ、と目の前のミカンを差し出した。こたつでミカン、最高じゃないか。ささやかだけれど、とっておきの贅沢。
「映画でも観ない?」
「いいよ、録画してあるやつね」
 ミカンを剥き始めたのを横目に、リモコンを操作する。録り溜めしている映画をざっと確認して、楽しそうなものを選ぶ。
「すっぱ」
「あら、早かったか」
「あ、それがいい」
 妹が選んだのは古いコメディ映画だった。BSで放送されていた、それなりに有名なもの。
「笑うのがいちばんよね」
 とりあえずふたりで笑っていられたら、あとはなんとかなる気がした。せっかく一緒にいるのだ、力を合わせて考えればいい。時間はたっぷりある。まずは映画を観て、笑ってから。

 宇宙船こたつ号発射。
 わたしたちは何処へでも行けるって、年末年始くらいは信じていられますように。

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