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耽美な、あまりに耽美な

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しゅき……ってなった文章たち
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【超短編小説】眠り姫、もしくは不眠症患者が見た夢

【超短編小説】眠り姫、もしくは不眠症患者が見た夢

 コネチカットの大学に通っていた一時期、ぼくはひどい不眠症に悩まされたことがあった。眠り姫を見たのはそれとちょうど同じ頃だ。

 秋の午後、ぼくは木立に囲まれた図書館にいた。レンガ造りの壁には木漏れ日がまだら模様を作り、閲覧室では広々とした空間を静けさが満たして、あるかなきかの咳払いや囁きだけが空気を震わせていた。立ち上がった時、ぼくの視線はふとひとりの女子学生に惹きつけられた。彼女は机の上に突っ

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どうしようもなく死にたくなった日に、わたしはパフェを作った

うつ病が再発してしまった。
ここ数ヶ月、どうにもならない状態を我慢し続けていた。
暗闇の中を今にも折れそうな割り箸みたいな杖をついて、手元しか見えないランプで、ふらふら遠くにぼんやり見える小さな小さな光に向かって歩いてる気持ちで生きていた。
その光は近づいた分だけ遠ざかり、つい先日フワッと消えてしまった。

あてどなく、共連れも先達もおらず、四方八方には誰もいない。方向を見失って孤独だった。
ひと

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ねえ、後ろ乗せて

ふと思い立って、全速力で走ってみる。
普段の運動不足もたたってすぐに呼吸が浅くなり、鉛を引きずっているかのように自分の身体の質量を感じる。口の中も乾いてきて苦しい。全然気持ち良くない。私は風を切って走るのが好きだと思っていたのに。

いや、違う。私が好きだったのは、安田ミズキが走らせるバイクの後ろに乗って、冷たい風を全身で感じることだった。

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安田ミズキと知り合ったのは学生の頃で、

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私は君の未来だ

私は君の未来だ

私には自信がある。
いつの日か、かならず私に棲みつく狂気が内側から身体を食い破ってその姿を白日の下に晒すだろうという自信である。こういった考えは"厨二病"的だろうか。多くの人が思春期に持っていた幼く歪な感情の一部を、大袈裟に誇張して抱え込んで無意味に怯えているだけなのかもしれない。

長い間、幻聴に悩まされている。私が過去に男性から受けた暴力を発端としているが、今となってはその出自はどうでもいい。

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今まで生きてきて傷ついたこと②③

今まで生きてきて傷ついたこと①が長くなってしまったので、②と③はなるべく短く書こうと思います。

今まで生きてきて傷ついたこと② -優しさの思い上がり
子どもにありがちなのかもしれないが、私は幼少期の頃、神なのか内なる世間の目なのかは分からないが何者かが私の思考や言動を四六時中監視していて、悪いことをするといつか必ず罰せられると信じており、「人に優しくする」というのを行動原理としていた。

私が通

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学校辞めたら学校サボれないよ

仕事辞めたい!

今の業務内容自体は割と好きで勉強も楽しいのだが、はっきり言って私は本当に働くのに向いていない。仕事に必要な根回しとかも苦手だし(そもそもコミュニケーション能力に問題がある)、面倒な仕事も断れなくていっぱいいっぱいになってしまうし、後輩の女性が偉いおじさんに厳しいこととかを言われた時のフォローにも気を遣うし、要領よく出来なくて落ち込むし、それに何より、決められた時間に決められた事を

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檸檬爆弾

檸檬爆弾

いつも穏やかに微笑んでいて、ふわふわしている可愛い女の子って苦手だ。

ただ心を開かれていないだけだけど、そういう女の子たちは何を考えているか読めなくてどう接したらいいか分からないし、他の人にちょっとナメた態度をとられても気づかない素振りで、無関係の私がなんだか罪悪感を持ってしまって、落ち着かない。大学生の頃の私はこう考えていて、"ふわふわした可愛い女の子"であるところの桜先輩が苦手だった。

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【質問箱】意味がないのにやってしまうこと/辛くて悲しい時の向き合い方

【質問箱】意味がないのにやってしまうこと/辛くて悲しい時の向き合い方

質問箱からお題をくださった方、ありがとうございます。今日は2つ回答しようと思います。

意味がないのにやってしまうことについて

結論から言うとあんまりないです。そもそも全ての物事や行動に意味が内在している訳ではなく、人が勝手に意味を見出した気になっているだけだというスタンスなので…。つまり私がやっていることには全て私が与えた"意味"があります。自分で書いておいてなんですが、しゃらくせえですね。

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献辞 -桜貝の便箋に向かう少女に捧ぐ

献辞を読むのがたまらなく好きだ。
例えば、『星の王子さま』のもの。これは献辞の中でも有名で、覚えていて好きだという人も多いんじゃないかと思う。

献辞ではないが、最近だと謝辞の中の下記文章にノックアウトされた。

私は「誰かのために書かれた文章」が好きだ。作者の気持ちとか、2人の間にあった関係だとかが、まるで自分の側に柔らかく暖かいかたまりとして存在するかのように感じられるから。そして不特定多数の

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