三島広雪
初めて執筆した長編小説です。序章と全6章と終章の構成です。メフィスト賞2021下期座談会掲載作品。完結。一部校正し、2022創作大賞に応募しています。
なんと1万6千人以上が応募したそうです。驚きました。 一次選考を見事に通過して喜びを嚙みしめる人、そして通過とならず悔し涙を呑む人。それぞれの人が審査結果をnoteに記事として挙げています。そこで、どうしても気になる点がありました。 こういった前向きな意見を持つ方には好印象を抱きます。 こういった意見もまさしくその通りです。 ですが、どうなんでしょう。個人的にはもやもやしました。 乱暴な捉え方をすれば、「自分の作品はおもしろいはずだ。落選したのは審査員に見る目がなかったか
「人間を救うのは、人間だ」 これは、私が好きなキャッチフレーズのひとつです。どこかで見た、赤十字のポスターのキャッチフレーズだと記憶しています。 人間を救うのは、マーベルヒーローやバットマンやスーパーマンではなく、同じ人間しかいない。現実には「超人」と呼べるヒーローは存在しない。 人間にも、いろいろな種類があります。 自分の事しか考えていない人。 他人のことしか考えていない人。 いじめをする人。 いじめられる人。 人を騙そうとする人。 人に騙される人。 未来
・はじめに初華 ~死刑を求刑された少女~ を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。このあとがきには、作品のネタバレが含まれますのでご注意ください。 初華は、2021年下期メフィスト賞座談会に掲載された作品です。現在、創作大賞2022に応募しています。 ・小説を書こうとしたきっかけあることがきっかけで、小説を読む機会を得ました。小説どころか、紙媒体の漫画を読むことも今となってはほとんどなく、紙の本を手にするのは何十年ぶりというほどでした。 小説を読んでいて、ふと思い
「それじゃ、巡回に行ってきます」 「お、新婚さんはやる気が違うねぇ。生まれてくる子供のためにも、父ちゃんが頑張らないとな!」 宮田は職場の先輩にはにかむと、事務所を出て長い通路を歩いた。この仕事を始めてから、もうすぐ一年になる。 突き当りのスチール製の大きな扉を開けると、賑やかな喧噪が耳に飛び込んできた。今日は、日曜日だからこどもを連れた家族連れやカップルが多かった。 「忙しくて女の子とデートをする暇もないなんて、冗談でも口にしたら怒られるだけじゃすまないな」
(8) 「おい! 宮田! 中村! しっかりしろ!」 海老原の声に意識が混濁していた宮田はようやく目をあけたが、中村は完全に気を失っていた。激痛がして頭に手をあてると、べったりと血が付いていた。 「海老原さん……一体何が起こったんです?」と口を開いた宮田はガソリンの臭いに激しくむせた。 「今は詳しく説明している時間がない。ただ、3番を殺そうとしている連中がいる。3番はなんとか逃げだしたが、ふたり、追いかけていった」 「なんだって」 完全に目が冴えた宮田は、疼くよ
(7) 路肩に停車しているSUVの車内は重い沈黙に包まれていた。 運転席に座る寺塚は、腕時計を見ては指でハンドルを叩いていた。助手席に望月が、そして後部座席には世吾が険しい表情で俯いていた。 そして、車内に充満する微かに鼻を衝く匂い。ラゲッジルームに赤いポリタンクが一つ置かれているが、中身はおそらくガソリンだろう。一体、何に使用するつもりなのか。 『連判状?』 早朝に寺塚のアパートに集合すると、どこからともなく寺塚が半紙を取り出した。これを書くことの意味が世吾
(6) 2026年2月3日 判決が下される日 爽やかな起床の音楽で目を覚ました初華は、むくりと身体を起こした。 ずっと微睡んでばかりいて、あまり眠った気がしなかった。 「今日は天気がいいみたいだなぁ」 窓の色は、清々しいほどに青かった。 拘置所に入所したときに一度だけ使った練り歯磨きをもう一度使ってみたが、やっぱりこの味は好きになれそうになかった。 朝食を終えた初華は、壁に掛けられている箒とちりとりを手に取って掃除をした。 3室を汚してしまったから4室
(5) 夜の帳が落ちて身を切りつけるような冷たい夜風が吹きすさぶ中、6部屋だけの古いアパートの階段を駆け上がる音だけが辺りに響き渡った。男は一番突き当りの206号室の前まで速足で歩くと、誰も注視している者などいないのに、辺りを注意深く見渡してからドアを2回、小さくノックした。 同じアパートの住人に人が来たことを知られたくないから、インターホンは押さないようにとメモに注意書きがしてあった。それに、ノックを合図にすることで誰が訪れたのかわかるようにするためでもあったようだっ
(4) 初華は立ち上がると読み終えた「あしながおしさん」を私物棚に戻した。所々擦れたり破れたりしていて、かなりの回数を読み返していたことがわかる。 「本当に、何回読んだかわからないな」 独り言ちて薄い笑みをこぼすと、背後から声をかけられた。 「初華ちゃん、面会だよ」 視察窓から顔を覗かせたのは宮田だった。 宮田の顔が強張っているのが初華は気になった。それにしてもこんな時間に面会? 一般の面会は午後5時までなので、この時間での面会は弁護人しかいないことを初
(3) 2026年2月2日 判決日まであと1日 評議室内はいつにも増して重い空気が漂っていた。明日は、阿久津初華に判決を下す判決日だ。という事は、今日中に彼女に科す量刑を決めなければいけないということでもあった。評議が開始されてから10分以上が経過しても、誰一人として口を開いた者はいない。顔を伏せては時折だれかが立てる衣擦れの音に顔を上げるという動作を繰り返しているだけだった。正直、今すぐこの部屋から逃げ出したいと思っているのは、私だけではないはずだ。 裁判長
(2) 中村さんの箸が宙に浮いて止まっていた。 俺は箸を咥えたまま止まっていた。 海老原さんだけが座卓テーブルに手をついて身体をテレビに向けていた。 〈今日未明、木造2階建ての住宅から火がでていると近隣の住民から一一九番通報があり、消防が駆け付け、火は2時間後に消し止められましたが住宅は全焼し、中から2人の遺体が発見されました。現在、警察が身元を確認中ですが、この家の住民である阿久津孝彦さんと阿久津華永さんと連絡が取れず、ふたりの行方がわからないことから、遺体が阿
(1) 2026年 2月1日 判決日まであと2日 湿った煙の饐えた臭いが現場に立ち込めていた。雲の隙間から差し込む朝日に手をかざしながら、およそ爽やかな朝に似つかわしくない焼け落ちた残骸を見渡した。先ほど遺体を乗せた車は、野次馬を掻き分けながら走り去っていった。 「なんてことだ……」 眉間を押さえて独り言ちた。 今日未明、2階建て木造住宅で火災が発生した。約1時間半前に鎮火したが、住宅は全焼し、中から住民の焼死体が2体発見された。現在身元を確認中だが、阿久津孝彦
(8) 一桜が暗闇に落ちていって見えなくなった瞬間に、滝の轟音と風の唸る音がよみがえった。まるでミュートにしていたヘッドフォンが一気に最大ボリュームになったときのように。 吊橋の上で四肢を投げ出して鉛色の空を見つめていた。 土砂降りの雨と風に舞った滝の飛沫が全身を打ち据えていた。 谷間を流れる川は茶褐色の濁流になっていた。 轟音に交じって甲高い音に鼓膜が震えたのを感じたわたしは、音のした方へとゆるりと暗い目を向けて体を起こした。 瞼の隙間から流れ込んでくる雫を
(7) わたしはテーブルの前で正座をしていた。ちなみに、ついさっきお昼を食べ終えたばかりだ。お腹がいっぱいだ。いつもなら食事のあとはお昼寝の時間なのだけれど、今はそんな気分になれなかった。 テーブルの真ん中に置かれた茶封筒に視線を落として目を閉じる。もうかれこれ5回くらい同じ動きを繰り返していた。 よし、次だ。次で手紙を読もう。深く深呼吸してからゆっくりと瞼を開けて封筒に視線を落とす。 封筒の表には印刷された文字で阿久津初華様、そして裏には小さく赤津猪鹿蔵と書かれ
(6) 2026年 1月30日 判決日まであと4日 車のギアをバックにいれる。道路に面している狭い駐車場に車を停めるのは好きじゃない。かといって前から突っ込んで停めると、今度はでるときに苦労をする。 サイドブレーキを引いて時計を見ると、待ち合わせ時間の5分前だった。大きな窓ガラスからこちらを覗き見る視線にサイドミラーで姿を確認した私は、急いで車を降りた。 「すみません、お待たせしてしまいましたか」 席につくと、ウェイトレスがおしぼりを持ってきたのでホット
(5) 「ただいま」 玄関の引き戸を開けると、見慣れない靴が並んでいた。妻の春子が出迎えて、「お客様がいらっしゃってるわよ」と俺に言った。 客? 誰だろうか。カグラさんなら正直なところ、お引き取り願いたい気持ちだった。先日のこともあって、なるべくカグラさんとは会いたくないと思っていたからだ。 彼は初華ちゃんを殺害すると話していた。それが本気なのかどうかはわからないが、殺すと言っても、拘置所にいる彼女を一体どうやって殺すつもりなのだろうか。 居間にいたのはカグラさ