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~2000字前後の短編・掌編です。
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#詩のようなもの

どこまでも続く青い空

 どの道終点がないとわかっている迷路なら標識をみて立ち止まらなくてもよい。壁が綿菓子のような雲でできているなら、分解された雲を引きずりながら突き抜けていってもよい。  青空の道はいくら迷っても終わりが見えない、すれ違う迷子たちと挨拶をかわすだけの場所。  地上からみた空はあんなに自由に見えたのに、いざ来てみると何もない。ただ青いだけだ。点在する展望台からみえる地上の景色だけがきれいだ、望遠鏡にうつらない範囲はきっと今日も燃えているのだろうと頭のどこかでわかっていながら、わたし

船と寄生虫

 船に乗るということは、つまり漂流するということだから、それは百歩譲って仕方がないことだ。ただでさえ憂鬱なのに、この船の航海士ときたら、まるで他人の気持ちなどに思いを巡らせたことがないような真っ青な顔をしていて、わたしはあの亡霊めいた男のつめたいまなざしが目に入ると、朝晩生きた心地がしないのだった。  ああ、あの男は嫌いだ。ああ厭だ厭だ。  水平線から知らぬ顔の朝日がやってくる。もうすぐ朝食の時間が来てしまう。いまさら胃にも残らない呪詛を吐いたってなにもかも手遅れ。わたしたち

僕はただ静かに眠れないだけ

「大丈夫」って君は言うけど、何が?  僕からしたら大体なにもかも同じ。だから今、君に言うべき言葉を頭の中で考えている。  心は裏腹でも身体は動くし、今日も夜が来る。大丈夫だよ、僕は君がしきりに繰り返すその言葉を、信じることができない。本当はどうでもいいから、いつもそんなことしか言えないんだろう。  誰も彼も気持ち悪いから、いいかげん傷つけてやりたかった。君のことなんか嫌いだと、はっきり突きつけてやるつもりだったんだ。けれど口から飛び出したのはまったく違う言葉だったから、僕が一

朽ちた憧憬

 貴方の影が私の視界を黒く覆う。貴方の広い背中に遮られ、小さな灯りは行方をくらませてしまう。  浅ましい私の目を射る光明は、いつだって蜘蛛の糸の様で細く弱く頼りない。常より真直ぐに上ばかりを見ている貴方などに、如何してそれが見えようか。そう貴方には糸を手繰り寄せる意味も、必要もなかった、貴方の見通す世界にはいつだって眩い光が満ちているというのに、それなのに貴方は如何して私を振り返る。  手繰り寄せる意味ならば確かに必要はない、唯、わたしはお前を愛しているなどと諳んじる。

硝子のびんにきみを入れたら

硝子のびんにきみを入れたら 月をつかまえて枕にしましょう 朝露のついた月桂樹の葉で きみの肩をなぞったら、おやすみを言う 月にからだを預けて 眠るきみを奪い返しに 朝はうつくしい鳥をよこすでしょう 花びらのリボン しゃぼん玉の歌 スコアを綴っていくきんいろの蜘蛛糸 ほどけた太陽は 雲の縁にからまって いつもとおなじ夜に おはようを言う きみは言えるかな? 硝子のびんからきみを逃がして 虹のうら側におちた雨を集める きみはうつくしい鳥の声

きみがため

 雨風が機関銃のようにガラスを撃ち続けている。行く手にそびえる雷雲の塊は一際黒く、古城のような存在感をもって私の前に立ちふさがっている。絶望をかためて煉瓦にして、それを組み上げて城を作ったなら、これほどの漆黒が出来上がるのだろうか。どれだけ堅牢な門を備え付けたとしても、王がその鍵を閉めることはけしてないんだろう。  操縦桿を右や左にきる事は出来なかった。私はこの雲の中に飛び込まければ許されなかった。私はこの雲に飛び込んで、誰も知らない国へ消えてしまわないといけなかった。もしも

 朝が来て、昼が過ぎ、夜が巡る。花を散らせた夏の嵐もやがてつめたい凩に変わる。花も紅葉も朱を錆びさせてしまうものだから、私の足跡はいつでも冬の獣道の上。鋼鉄の爪先で雪を蹴れば悪魔の跫音がするの、私とお前がとても近しいけだものだから。  いのちを形づくる水の名と色は、お前だってよく知っているでしょう。『 』に縛られ、『 』を渇望し、最期は『 』の上で果てるわ私達。だから走るなら雪の上がいいの、白くて冷たくてとても厳しい、そんな雪が、いいわ。  雪は生命のくれないを隠さず、お前の

ソーダの天秤

 一瞬の大雨が過ぎ去った野原は広く青々として、けれど嘘みたいな青い空につぶされてしまいそうだった。  野に咲く花を両手いっぱいに抱えて、きみは立っていた。僕はその黄色い花のなまえを知らない。ひょっとしたら、いつもはただ雑草と言っていたかもしれない。または、いつもならすぐに言えたのかも、しれない。  なんの花、そう尋ねたら、きみはどこか淋しそうに、もうすぐ死んでしまうのとこたえた。  ――何が。  きみは笑って、魚が、と言って、足元のちいさな水たまりを指さした。水たまりのな

つめたいくらげ

 ****、なんて言葉は口約束にもならないなんて、ずっと昔から知っていた。  馬鹿みたいに軽々しい風が肩のとなりを通り抜けていく。いくら高い塀のうえに居たって、空に近づけたなんてちっとも思わない。質量を持たないたった一言の****、にすがったばかりに、私はここに立たされている。  地上を満たす真っ黒な闇の塊は、たしか水という名を与えられたものだった。ぽかりと寂しく漂っている光の寄せ集めはただの月だったか、無様に水底を這いまわる深海魚の翳した提灯なのか、或いは透明な舟が掲げると

恋文

 拙い口先がもっと綺麗な言葉だけを選んで紡ぐことができたなら、貴方はその手を腰ではなく私の頭に添えてくれただろうか。うつくしい手で淫らな部品に触れてなどほしくはなかったけれど、貴方を繋ぎとめるだけの色は、私の白い指のあいだの何処からも零れてはこない。  貴方が探しているものはずっと知っていたのにと言えば、幼子を愛でるように憐れんでくれる?  棄て猫の行く末を憂うより、ほんのすこしは暖かかった筈の貴方の眸。いつからか体温を失って、乾いた砂漠の砂にも似た熱を帯び始めた。  貴方は