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#94「エンゲージメント化 - NIKEのデジタル戦略、顧客と新たな関係性を模索の旅 -(AIエージェント時代の未来を切り拓く16の必修DXコンセプト#10)」
デデデータ!!〜“あきない”データの話〜第55回「エンゲージメント化 - NIKEのデジタル戦略、顧客と新たな関係性を模索の旅 -(DXコンセプト10)」の台本をベースにnote用に再構成したものです。基本的なDXコンセプトを学んでいくために構成に変更しています。
AIエージェント時代の未来を切り拓く16の必修DXコンセプト#10 = "エンゲージメント化”
「エンゲージメント」をキーワードにする企業が急増していることを肌で感じている。単なるプロモーションやキャンペーンとは異なり、顧客や従業員との「深い結びつき」をどう育てるか。その一つの答えとしてデジタルが活用される場面が増えた。
ここでは、車のディーラーや歯科医院の事例など“既存の常識”では考えにくいやり方で顧客とつながる手法から、ナイキのような先進企業の失敗談・成功談までを振り返りたい。
エンゲージメントとは何か
まず「エンゲージメント」とは、単に顧客から売上を引き上げるための手段ではない。大事なのは、人とブランドの間にある感情的な結びつきだ。
たとえば、スターバックスが「My Starbucks Rewards」というロイヤルティプログラムを運用している。コーヒーを買うたびにポイントが付与されるだけでなく、アプリを通じてカスタマイズされたオファーが届く。顧客は新しいドリンクを試すたびにブランドを再認識し、何度も足を運ぶ。売上はあくまでも結果として後からついてくるものであって、顧客が「自分が特別扱いされている」と感じることが根幹にある。
●E-ACTフレームワーク(Engage, Analyze, Customize, Transform)
デジタル時代における顧客・従業員とのエンゲージメント強化を目的としたモデル。
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Engage(関与):企業や組織が顧客・従業員との接触点を創出し、積極的なコミュニケーションや体験を提供する段階。
Analyze(分析):デジタルチャネルから得られるデータを活用し、顧客行動や満足度、従業員のモチベーションなどを分析・把握する。
Customize(カスタマイズ):分析結果に基づき、セグメントや個人単位で最適化されたサービスや施策を展開する。
Transform(変革):最終的に企業や組織のプロセスやビジネスモデルそのものを改善・変革し、持続的なエンゲージメント向上を実現する。
●エンゲージメントとCRMは違う?
CRM(顧客関係管理)という言葉もよく聞くが、私の考えでは両者には明確な境界がある。
CRM:顧客データ管理や効率的な営業活動を主眼とする。
エンゲージメント:顧客の感情、ロイヤルティ、継続的な結びつきを重視する。
CRMは製品やサービスの購買履歴や問い合わせ履歴を俯瞰する管理ツールであり、エンゲージメントは「その顧客がブランドを好きなのか、推奨してくれるのか」を測ろうとする概念。
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よく利用される指標にNPS(Net Promoter Score)がある。「このブランドを友人や同僚に勧めたいか?」というシンプルな問いに数値を付け、それを推奨者と批判者の比率で捉える。このスコアが高い企業は、ブランドロイヤリティが高く、結果として売上や利益率が上昇する傾向があるというわけだ。
サービスを受けていない時こそ、デジタルでつながりたい
「なぜ歯科医院やディーラーがアプリを使うのか」という問いは、一見すると違和感がある。だが、その答えは「顧客は次の来店まで接点がない状態に陥りがち」という点にある。
●ディーラーと歯科医院の“えぐい”戦略
車の購入サイクルは5〜7年と長い。一方、歯科通院も定期検診の頻度はそれほど多くない。こうした業種こそ、アプリやSNSを使って顧客とゆるやかにコミュニケーションを続ける余地がある。
ディーラー:ポルシェが「My Porsche」というプラットフォームを展開し、車両の健康状態やメンテナンス時期を可視化する。アウディの「Audi On Demand」はユーザーが短期間の試乗をモバイルで予約し、日常でアウディを体験してもらう工夫をしている。
歯科医院:治療前後の3D画像をアプリで見せることで、患者が自身のケア状況を意識しやすくする。歯磨き指導をオンラインでフォローする仕組みを導入する医院もある。「あの歯医者さん、やけにデジタル対応してるな…」と思う裏側には、顧客のリピートを逃さない執念があるのだ。
●顧客に寄り添う小さな接点
こうしたデジタル活用の狙いは、来院・来店のときだけの体験ではなく、日常の合間合間で自社・自ブランドを想起してもらうことにある。
定期メンテナンスや治療のリマインドを、自分のスマホで受け取れるメリットは顧客にとっても大きい。「今回もあの医院に行こう」「車検の相談はまずここにしよう」と思わせるためには、いかに“思い出してもらうか”が鍵になるわけだ。
ナイキの“攻め”と“失敗”の両面
エンゲージメント戦略の先進例として、ナイキを外すわけにはいかない。メタバースやNFTにも積極投資し、直営店の“House of Innovation”に象徴されるように、いつだって革新的なイメージがある。ただし、そのナイキですら課題を抱えた時期がある。
●先進戦略の嵐:メタバース、スマートシューズ、NIKEiD
Nike By You (旧NikeiD):オンラインでシューズを自由にカスタマイズでき、個性的な一足を生み出せる。オンライン売上の20%を占めるほど人気を博す。
スマートシューズ(Nike Adapt):アプリ連動で自動フィッティング。バック・トゥ・ザ・フューチャー的な未来感が話題に。
メタバース(NIKELAND):Robloxで若い世代を取り込み、NFTスニーカーで新たな売買市場を開拓する。
ただしこのようにデジタルへ攻める一方で、卸売チャネルを切り捨てすぎたことで売上の大きな柱を失い、株価を落とした。D2C(Direct to Consumer)へシフトして直営店とオンラインを強化するのは正攻法だが、既存流通を軽視しすぎると反発を招く。結局は「既存ビジネスモデルとの調和が不可欠」なのである。
従業員エンゲージメント:内側から生み出す力
顧客と同じくらい重要なのが従業員エンゲージメントだ。職場を「友人にも勧めたい」と思う従業員が多いほど、モチベーションや生産性、離職率に良い影響が出ることが調査で示されている。
GallupのQ12などを使って従業員エンゲージメントを測定している企業は増えている。だが、「どっちが先か?」という鶏卵問題には常に注意が必要だ。生産性が高いからエンゲージメントが高くなるのか、エンゲージメントが高いから生産性が上がるのか。しかし、いずれにせよ“エンゲージメントが高い状態”が企業にメリットをもたらすのは確かである。
ポッドキャストの可能性:物語と専門情報の相性
私はポッドキャスト番組「デデデータ!あきないデータの話」を続けている。映像や短いSNS投稿に比べて、ポッドキャストはリスナーに“じっくり時間を割いてもらえる”点が魅力だ。
物語性:ブランドや企業の成り立ち、職場のストーリー、理念を音声だからこそ深く語れる。
専門情報:GoProがユーザーのアクション動画をYouTubeで共有するのとは違い、ポッドキャストはよりディープな議論や知識を発信しやすい。
たとえば、環境保護を掲げるパタゴニアが音声ベースで持続可能性の問題提起をするように、リスナーは通勤時間などスキマ時間に耳を傾けられるので、ブランドの世界観に没入しやすい。そこに生まれる“共感”が長期的なエンゲージメントの源になる。
エンゲージメントを測り、データで検証する
「イベントをやろう」「アプリを作ろう」で終わってしまう企業も多いが、本当の勝負はそこからだ。エンゲージメントは“感情的なもの”と捉えられがちだが、だからこそ指標化して進捗を追う意義がある。
NPS:推奨度を数値化し、売上やリピート率との相関を見る。
フォロワー数やエンゲージメント率:SNSやポッドキャストの継続利用率を追いかける。
CSAT、リピート購入率:顧客満足を具体的に可視化する。
数字に落とし込んでこそ、「実際に売上・利益に結びついているのか」「単なる自己満足ではないか」を検証できる。逆にいえば、定量的な根拠がないままエンゲージメントを叫んでも、リソースを浪費する危険がある。
失敗事例から学ぶ:J.C. Penneyのリブランディング
米老舗の百貨店J.C. Penneyが、Apple出身のCEOロン・ジョンソンのもと「毎日が安売り価格」という新路線を打ち出したが、クーポン文化に慣れた顧客とまったくかみ合わず、大失敗に終わったのは有名な話だ。
顧客との対話をおろそかにし、データ分析やユーザーフィードバックを軽視。
急激なブランドイメージ変革で従来客が離反。
この例から学ぶことは、エンゲージメントを築く前提として、既存客を蔑ろにしてはいけないということだ。ナイキが既存流通チャネルを軽視しすぎて苦戦したのと似た構図といえる。
結論:デジタルエンゲージメントは“投資”であり“育成”である
エンゲージメントは売上や生産性に直結する可能性を秘めているが、それは長期的な視点を必要とする“投資”のようなものだと考えている。デジタルの進化によって顧客や従業員とコミュニケーションできる手段は爆発的に増えた。しかし、単に新しいチャネルを用意すればいいわけではなく、「このブランドと一緒に歩みたい」と心から思ってもらえる関係性をどう作るかが勝負どころだ。
私はポッドキャスト番組「デデデータ!」を通じて、顧客ではない人、あるいは将来的に仕事を一緒にできるかもしれない人との接点を増やそうと試行錯誤している。再生回数が一定数に達したときに問い合わせが来るかどうか、過去の顧客にリマインドとして機能しているかどうかなど、細かなデータを追いながら仮説検証を続けたい。そして、もし確実に成果が出るならば、これからも番組を育てていくつもりだ。
結局、エンゲージメントは“関係づくり”に他ならない。ビジネスにおける“数字の手応え”を見極めるためには、NPSや再生数、リピート率などの客観指標が欠かせないが、その背後には必ず「誰かの心を動かす魅力」がある。そこにデジタルが入り、アプリやSNS、ポッドキャストなど多彩な選択肢で関係を深めていく――これこそがデジタル時代のエンゲージメント化であり、本質はきわめて“ヒューマン”な活動であると私は思う。
資料1:エンゲージメント研究
1. 顧客エンゲージメント
Harvard Business Review
HBRの研究(23%多くの収益をもたらす顧客)
HBR (Harvard Business Review) では、顧客エンゲージメントが高い顧客はそうでない顧客と比較して「平均23%多くの収益をもたらす」という報告がある。参考: Harvard Business Review, "The Value of Customer Experience, Quantified" (2014)
Bain & Company
顧客エンゲージメント企業の売上成長率 2.5倍
Bain & Companyの調査によると、顧客エンゲージメントが高い企業は売上成長率が2.5倍に達するという。参考: Bain & Company, "Closing the Delivery Gap" (2005)
McKinsey
顧客エンゲージメントと売上高
McKinseyのレポートでは、エンゲージメントの高いブランドが顧客あたり売上を平均23%程度押し上げるというデータが示されている。参考: McKinsey & Company, "The Three Cs of Customer Satisfaction: Consistency, Consistency, Consistency" (2014)
Starbucksのリワードプログラム
データ例: Starbucksのロイヤルティプログラムが総売上の40%を占めるともいわれる。顧客の継続利用と単価向上につながっている。
参考: Starbucks Corporation Investor Relations, Annual Reports, Earnings Calls
CRMとエンゲージメントの違い
CRMはデータ管理や営業効率化が中心。エンゲージメントは顧客の「感情的結びつき」「推奨度」を重視する。
参考文献:
Peppers, D. & Rogers, M. (2011). Managing Customer Relationships. Wiley.
NPS(Net Promoter Score)
エンゲージメントを定量化する代表的指標。推奨者(9-10)と批判者(0-6)の割合差をスコア化し、ブランドロイヤルティを測定する。
参考: Reichheld, F. (2003). "The One Number You Need to Grow." Harvard Business Review.
2. 従業員エンゲージメント
Gallupの「Q12」
従業員エンゲージメントを測定する代表的なサーベイ。エンゲージメントの度合いと生産性・利益率・離職率に高い相関があるとされる。
参考: Gallup (2017). State of the Global Workplace.
Gallupの主な調査結果
従業員エンゲージメントが高い企業では、生産性が約21%向上、離職率が18%低下、利益率が23%増加。
参考: Gallup. (2016). What Is Employee Engagement and How Do You Improve It?
エンゲージメントと生産性・離職率
エンゲージメントが高い企業ほど、従業員満足度と企業パフォーマンスの好循環が形成されやすい。
参考文献:
Harter, J. K., Schmidt, F. L., & Keyes, C. L. M. (2003). "Well-Being in the Workplace and its Relationship to Business Outcomes: A Review of the Gallup Studies." Flourishing: Positive Psychology and the Life Well-Lived.
3. 事例・ケーススタディ
ナイキ(Nike)のエンゲージメント戦略
NikeiD (現Nike By You)
カスタマイズサービスがオンライン売上の20%を占める。1999年開始時からユーザー数が急増。メタバース・NFT・スマートシューズ
NIKE ADAPTやNIKELAND (Roblox上) への進出、NFT市場への参入など、先進的取組み事例。失敗事例:D2C戦略を急激に進め過ぎ
既存チャネルを軽視して販売数が一時期落ち込み、株価下落要因となった。参考: Nike, Inc. (Investor Relations), 各四半期レポート
歯科医院のデジタルエンゲージメント
予約アプリ、3D口腔画像の可視化、オンライン歯磨き指導など。患者との継続接点を作り、リピート来院の促進を図る。
参考: 独立系歯科医院や大手チェーンの導入事例 (論文や業界誌に複数)
J.C. Penneyのリブランディング失敗
顧客ニーズやデータ分析の不足により、クーポン文化に慣れた層を失う。実店舗デザインや価格戦略が急変し、売上30%以上減少。
参考: Regani, S. (2013). "J.C. Penney: Failed Rebranding Campaign of an American Icon." Journal of Management Cases.
スターバックス(Starbucks)
My Starbucks Rewards、モバイルオーダー機能でリピート率UP。顧客あたり売上増に貢献。
参考: Starbucks Annual Reports, Earnings Calls
コマツ(KOMTRAX)
建設機械の遠隔管理システムとしてIoTとデータ活用を推進。ダウンタイムの削減、予防保全が可能になり顧客ロイヤルティ向上。
参考: Komatsu, Ltd. (公式サイト、投資家向け情報)
4. エンゲージメント概念・フレームワーク
E-ACTフレームワーク(Engage, Analyze, Customize, Transform)
デジタル時代の顧客・従業員エンゲージメント強化のモデル。
参考: デジタルマーケティングやカスタマーサクセス専門書
Rosenbaum, S. (2020). Digital Engagement: Strategies and Tools for Managing Online Communities.
顧客満足スコア(CSAT)・リピート率
エンゲージメントの一部を測るための指標。特定の取引や製品に対する満足度もあわせて測定し、NPSなどと複合的に分析する事例多数。
参考: Kotler, P., & Keller, K. L. (2016). Marketing Management. Pearson.
サブスクリプションモデルとロイヤリティ
サービスを継続利用してもらう仕組み(例:子供向けシューズの定期シューズ交換など)。顧客接点を長期間にわたり確保。
参考: Tzuo, T. (2018). Subscribed: Why the Subscription Model Will Be Your Company's Future—and What to Do About It.
5. デジタル活用とコミュニケーション
SNSと動画マーケティング
Red Bull, GoProなどはSNS・YouTubeを活用したエンゲージメント事例で有名。
参考:各企業公式チャンネル、Social Media Marketing関連文献
ポッドキャストの物語性
PatagoniaやSlackなどがブランドストーリーや専門トピックを深堀りするポッドキャストを配信。
参考: Slack公式ポッドキャスト「Work in Progress」、Patagonia公式ページ
6. 実務への応用ポイント
指標化・データ分析
イベントやSNS施策を行った後に、NPSやフォロワーの変化、売上との相関をチェックする必要性。
参考:
Google Analyticsやソーシャルメディア分析ツール (Sprout Social, Hootsuiteなど)
既存事業との調和
デジタルシフトやD2Cの急進的な導入により既存チャネルが崩壊した事例もあるため、段階的導入が必須。
参考: Clayton Christensen (2013). The Innovator's Dilemma.
従業員エンゲージメントを合わせて推進
社内調査やGallup Q12を活用し、組織文化とブランドの方向性を揃える取り組みが重要。
参考:
Lockwood, N. (2007). "Leveraging Employee Engagement for Competitive Advantage." SHRM Research.
まとめ
エンゲージメントは顧客や従業員との継続的な「深いつながり」を指し、経営成果に直結する概念として注目されている。
大手企業の事例(Nike, Starbucks, コマツなど)や調査機関(HBR, Bain, Gallup, McKinseyなど)の研究が示すように、エンゲージメントが高いと売上や生産性が改善する傾向がある。
デジタル技術(アプリ、SNS、ポッドキャスト、IoTなど)を活用し、具体的な指標(NPS、CSAT、リピート率、Q12など)を導入しつつ、既存のビジネスモデルとの調和を図ることが鍵となる。
以上が、エンゲージメント研究に関するリファレンスノートである。ビジネスの成果を見据えながら、顧客・従業員双方のロイヤルティを生み出すための指針として活用をすすめる。
資料2: NIKEのエンゲージメント戦略
以下では、ナイキがこれまで展開してきた「エンゲージメント」戦略の歩みを、主に時系列で整理する。単に「製品を売る企業」から、顧客と深い絆を結ぶブランドへと進化してきた過程をひも解いてみよう。
1. 創業期:スポーツブランドとしての基盤づくり (1960年代〜1970年代)
1964年:フィル・ナイトとビル・バウワーマンが「ブルーリボンスポーツ(BRS)」を設立。創業当初は日本のオニツカタイガー(現アシックス)のシューズを輸入販売していた。
1971年:「ナイキ(Nike)」へ名称を変更し、“スウッシュ”のロゴが誕生。
1970年代:大学陸上部などを中心に、アスリートとのつながりを築く。プロスポーツ選手ではなく、まずは身近なトレーニング現場に根を張った。
この時代のエンゲージメントは、ごくシンプルに「良い靴づくり」と「アスリートとの関係構築」に集中していた。広告や大量プロモーションはまだ限定的だったが、「走りやすい靴」との口コミが少しずつファンを増やしていく土台となった。
2. アスリートとの契約とブランド発信力の強化 (1980年代)
1980年代前半:マラソンシーンの盛り上がりを背景に、ランニングシューズやスポーツアパレル市場が拡大。ナイキはトップランナーや大学陸上部をサポートし、競技会場から一般消費者へとブランドの認知を広げた。
1984年:当時NBAルーキーだったマイケル・ジョーダンと契約し、「エア ジョーダン」シリーズを開始。
エア ジョーダン(1985年発売):初年度売上が約1億ドルを記録し、バスケットボールシーンだけでなくストリートファッションとしても大ヒット。
エンゲージメントの特徴:
アスリートとの強固なつながり:ナイキのシューズを履いたスター選手の活躍を通じ、ファンがブランドに共感し、熱狂的に支える関係を築いた。
新しい価値観の発信:単にシューズを売るのではなく、「好きな選手を応援する」→「同じシューズを履きたい」→「自分もスーパープレイができる気がする」という心理を刺激している。
3. “Just Do It”キャンペーンとグローバル認知の獲得 (1988年〜1990年代)
1988年:「Just Do It」キャンペーンが始動し、ナイキを代表するスローガンに成長。
1988〜1998年:売上が約8億ドルから約92億ドルへ急伸し、世界的スポーツブランドの地位を確立。
エンゲージメントの特徴:
スローガンによる共感:「Just Do It」は、アスリートだけでなく一般消費者に向けても“行動を起こすことの素晴らしさ”を訴求した。
ライフスタイルへの浸透:スポーツの枠を超え、ストリートやファッションシーンとの融合が進んだ。広告を通じて「ブランド・イズム(ブランド哲学)」を共感させるというエンゲージメントモデルが出来上がる。
4. NikeiDによるカスタマイズ戦略 (1999年〜2000年代前半)
1999年:「NikeiD」サービスが開始。ユーザーがオンラインでシューズのカラーや素材を自由に選び、個性的な一足をデザインできる仕組みを導入した。
エンゲージメントの特徴:
顧客参加型の製品づくり:消費者が“自分だけのナイキ”を所有することで、ブランドへの愛着がさらに強化される。
オンラインとの連動:当時のインターネット普及状況を考えると先進的な取り組みで、ファンとブランドを「双方向」でつなぐモデルを確立した。
5. Nike+ とデジタルコミュニティへの拡大 (2006年〜2010年前後)
2006年:Appleとの連携により、「Nike+ iPod」システムをリリースし、ランニングデータをアプリで記録・共有可能になった。
2008〜2010年:Nike+コミュニティの登録者が急拡大。ランニングイベントやチャレンジ機能でユーザー同士が競い合い、共感し合う場を創出。
エンゲージメントの特徴:
データ活用とコミュニティ形成:ランニング記録を蓄積し、SNSでシェアすることで、ユーザー間に連帯感が生まれる。
ブランドを超えたサービス提供:シューズに留まらず「ランニングライフそのもの」を支える存在としてポジションを確立。これにより「ナイキを買う理由」が単に“靴が欲しい”だけでなく、“楽しく走り続けられるから”へと広がった。
6. ソーシャルメディア・コミュニティイベントの強化 (2010年〜)
2010年代前半:Facebook、Twitter(現X)、Instagramなどソーシャルメディアを本格活用。公式アカウントでキャンペーンや商品情報を発信すると同時に、ユーザー参加型のコンテストやハッシュタグを展開。
コミュニティイベント:ランニングクラブやトレーニングセッション、街中を走るランイベントなどで“リアルのつながり”も拡充。
エンゲージメントの特徴:
ブランドの“共感コミュニティ”化:単純に宣伝ではなく、ランニングやトレーニングに打ち込む人々がオンライン・オフラインで交流できる場を作った。
ファンが発信するコンテンツ拡大:SNSにユーザーのトレーニング結果や写真が溢れ、ブランドロイヤルティがさらに高まるサイクルを形成した。
7. デジタル直営・メンバーシップ強化 (2010年代〜)
メンバーシッププログラム(Nike Membership):ポイントや限定アイテム、先行販売などで“特別感”を演出。
デジタル直販(D2C)戦略:オンラインストアや公式アプリ、SNKRSアプリなどを通じ、会員限定オファーや限定スニーカーのリリースを実施。
エンゲージメントの特徴:
会員数の急拡大:2020年時点で1.5億人を超えるメンバーが登録し、オンライン売上の40%がメンバー経由となる。
ファン化の加速:最新の情報や特典をいち早く受け取れるだけでなく、コミュニティ内での交流や限定アイテムの希少価値がファン心理をくすぐる。
8. イノベーションストアとリアル体験の融合 (2018年〜)
2018年:ニューヨークの「House of Innovation 000」がオープン。デジタル連動で商品の在庫確認やカスタマイズができ、来店者はリアル店舗とオンラインを自在に行き来する体験を得られる。
エンゲージメントの特徴:
リアルとデジタルの融合:スマホを活用して店舗内を案内し、購入や試着の予約もアプリで管理。既存の「靴を売る店」とは異なるブランドの世界観を具現化した。
新しい顧客接点:体験自体がSNSで拡散されるため、さらに拡張されたコミュニケーションが生まれる。
9. メタバース・NFT・スマートシューズへの先行投資 (2019年〜2021年)
Nike Adapt(2019年):アプリと連動するスマートシューズを発表。自動フィッティング機能が話題を呼ぶ。
子供向けサブスク:サイズが変わりやすい子供用シューズを定期提供する「Nike Adventure Club」を開始。
メタバースとNFT:2021年にはRoblox内に「NIKELAND」を開設し、ユーザーが仮想空間でナイキのグッズを身につけられる体験を構築。さらにデジタルファッション企業「RTFKT」を買収し、NFTコレクションを展開。
エンゲージメントの特徴:
「ゲーム世代」へのアピール:Robloxの若年層ユーザーに直接アプローチし、“デジタル世代”のファン基盤を拡大。
リアルからバーチャルへのブランド拡張:NFTやメタバースでデジタル資産を売買する新しい収益モデルに挑戦。ファンは現実世界でもデジタル世界でも「ナイキ」を身にまとう。
10. D2Cシフトに伴う失敗・課題 (直近の動向)
D2C(Direct to Consumer)戦略の推進:既存の卸売チャネルを縮小し、直営店・オンラインストアに力を入れたが、想定ほどの売上増にはつながらず、一時的に業績が落ち込み株価も下落。
競合増加:ランニングシューズ市場ではHOKAやOnなど、新興ブランドの台頭が激しく、シェア争いが過熱。
新製品不足、流通不調:ライフスタイル分野での人気低下が一部で起こり、全体売上の伸びを鈍化させている。
エンゲージメントの特徴と課題:
デジタルではリードしているものの… 既存流通を軽視しすぎた影響で一時的にファンとの接点が減り、一部のロイヤルユーザーが離反した側面もある。
バランスの模索:メタバースやNFTを含めた“先進分野”と、卸売チャネルや店舗販売など“既存ビジネス”との融合が今後の課題。
まとめ
ナイキのエンゲージメント戦略は、創業期のアスリートとの強い結びつきから始まり、
「Just Do It」キャンペーンによる強烈なブランド哲学の訴求
NikeiDによるパーソナライゼーション
Nike+やSNSを使ったコミュニティづくり
House of Innovationに代表されるデジタル店舗体験
メタバース・NFTなど先端領域への投資
と、段階的に進化してきた。一貫しているのは「顧客の体験をどう拡張し、ナイキそのものを愛してもらうか」という方針だ。ただし、D2Cへの急激なシフトや卸売チャネルの軽視が示すように、「先端を攻め続ける」だけではなく、「従来のチャネルや既存ファンを大切にする」バランスを取ることも課題となっている。
いずれにせよ、多角的な接点で顧客と深く結びつき、ブランドの世界観を共有させるエンゲージメントモデルの代表例として、ナイキの戦略と歴史は今後も注目を集め続けるだろう。