某団体を批判している人間が自分の子供程の年齢の者に逆に批判され、その若年者に執拗に粘着するのは恐らく、プライドを傷つけられた為だと思われる。何時もは安全な立場から批判していた者がその弱点をこうも露呈するとは興味深い。プライドを護るために情報をオープンにはできないし、理論武装を好む
政治に根本的に期待できないと、経済や娯楽のようなその他のことに期待しようと思っても、結局はうまくいかない。社会の構造的な問題を解決しなければならないのだが、その手段はわからない。特に若年者が多くの機会を得られるような仕組みになっていなければ、世の中の全体に対しての希望は持てない。