傷付いている人が、それゆえに人を傷付けてもよいと思っているような場面に出くわしたりすると、ひそかに、とても傷付いてしまう。そんな自分を、さらに自分が傷付けたりもする。だなんてつぶやきが誰かを傷付けるかもしれない。なのに、つぶやく。やれやれ。誰もが傷だらけじゃないか。僕も加担した。
自分の痛みを思い知れと、 相手を傷付けている人は、 自分の痛みを、 痛み分けをしようとしている人。 その痛みを味わった事がある人なんだよ。 分かり合える筈の人が敵になるんだ。
もっと早く、自分のことを認めてあげたかった。他の誰でもなく、私があなたの味方だよと。言ってあげられれば、たくさん傷付けなくて済んだかも。 ………なんて。それはたぶん驕りだ。 私が沢山の人を傷付けたのは、私も同じくらい傷付いたからだ。 世界は最終的に帳尻が合うように出来ている。
生きている限り石を投げてくる人はいる。 なら、あなたは石を投げる必要はありません。 受け入れ労い優しく、 相手に疑問を与える事。 それが大切です。 そういうあなたに石を投げ返す者はいないだろう。