痴漢や覗きを笑い話に変え、性的少数者を嘲笑い、自分たちの性器の話題で盛り上がる。まさに日本の「お笑い番組」が、提供し続けてきた「ネタ」と「ノリ」が、レイプカルチャーを維持してきた。松本氏はその中心にいた人物ではないのか。 ※12/5/202、東京新聞「被害者非難する悪弊」
性暴力サバイバーの知り合いと話したけど、レイプカルチャー論みたいな思い込みがなぜ出てくるか分かった気がする。
「合意があるか、未成年からのアプローチがなされていたとしたら、成人と未成年の性交渉は必ずしも有害とは限らない」みたいな論文が欧米のメディアですら取り上げず、注目されにくいの、Colabo問題と近い病理な気がする。
性加害者を容認する風潮と諸制度を瓦解せしめ、女性という属性を教育・就業機会及び社会・政治・経済的な力から遠ざけ暴力への脆弱性を生む女性嫌悪に気づき、女性を身近な男性が所有し人生の舵を握る権利を与える家父長制が絡む諸制度を撤廃せしめることが可能な存在は、フェミニストくらいである。
これ、呟けなかったんです。一部の中学生がスカートめくりをし合うという事実を性的に消費する人や、全女子中学生に当てはめて認識する人が出かねないと思って。 レイプカルチャーが蔓延する世の中は窮屈です。思ったことも怖くて言えない。