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ジョブ型雇用の原点、形名参同とは

現代の組織運営において、企業が従業員に求めるものは成果主義に基づいた明確な職務内容と役割の遂行という考えに移行しつつあります。企業は個々の職務に対して期待する成果を明確にし、それに基づいて評価を行う「ジョブ型雇用」を考え始めているといってよいでしょう。

実は、このジョブ型雇用という概念は近年提唱されたものではなく、中国古典の法家思想に根源を持っていることをご存じでしょうか。

"形名参同"――これが、2000年以上前の中国で提唱されたジョブ型雇用の原型です。今回は現代企業の成果主義に影響を与えるこの思想について解説します。

法家の思想家である申不害が提唱し、のちに韓非子によって整備されたこの概念は、現代のジョブ型雇用に通じる要素を数多く含んでいます。

形名参同とは

形名参同という言葉は、韓非子などの法家思想において非常に重要な意味を持っています。先ず「形」「名」「参」のそれぞれの意味を解説します。

形とは、職務や役割そのものを意味します。組織内で人々が果たすべき職務内容や責任が「形」とされます。
名は、役職名や職務の名前です。肩書きや役職名がその人を象徴するものであるならば、それが「名」にあたります。
参は、実際の行動や成果を指します。これはその人がどれだけ「形」に見合った働きをしているのかを示すものであり、肩書きや役職に見合った職務を果たすことを意味します。

この三つが「参同」(一致している)という状態にあるべきだというのが形名参同の基本的な考え方です。

つまり、人の役職(名)と実際の職務(形)が一致しており、その実行(参)が成果として評価されるという考えです。まさしくジョブ型雇用を意味する内容です。

そもそもこの思想の出発点は、論語などが提唱する君主の個人的資質に頼る統治方式の否定にありました。論語で述べるような徳の高い君主個人の能力には限界があり、かといって大勢の臣下の行状をいちいち監視することはできないし、傑出した能力を持つ君主の出現を待つこと自体が不毛であるという考えから来ています。

そのために考案されたのが刑名参同で、君主が臣下に仕事を命ずる際には、臣下の申告内容とその後の実績を照合するという方法が用いられました。この方法によって、臣下の働きぶりを査定し、賞罰を与えることで臣下を使役すれば、自動的統治が達成できるという考え方です。

実際、仕事に取り掛かる前には、必要な人員、費用、期間や役割分担、見込まれる成果を詳細な計画書で提出させるという方式を採用していて、現代でいうところの目標管理制度の原型と言えるでしょう。

ジョブ型雇用とは

現代の組織運営におけるジョブ型雇用の基本的な考え方も念のため確認しておきましょう。

ジョブ型雇用の特徴
・職務内容や勤務時間、勤務場所、業務範囲、報酬などが細かく定められる
・別部署への異動や転勤などはなく、昇格・降格も基本的にはない
・社歴や労働時間ではなく、その職務における成果で評価される

ジョブ型雇用のメリット
業務の効率化や生産性の向上を実現できる
・専門性の高い人材を確保し、競争力を強化できる
・ミスマッチによる早期離職の防止が期待できる

ジョブ型雇用のデメリット
・契約時に締結した以外の業務を依頼しにくい、または依頼できない
・新卒者には適用しにくい
・キャリアアップを描きにくい
・職務記述書の管理工数の手間が増える

形名参同とジョブ型雇用の関係

ジョブ型雇用の特徴は、職務ごとに求められる成果が明確に定義され、その成果に基づいて評価が行われる点にあります。この仕組みは、まさに形名参同の考え方に通じる部分があり、現代においても、役職名や職務の名前だけでなく、その職務に見合った成果を上げることが求められます。

例えば、ある企業の「営業部長」としての「名」を持つ人物が、その職務に見合った営業成績を上げることができなければ、その「形」と「参」が一致していないことになります。

逆に、営業成績が良ければ、その人物はその職務にふさわしい「名」と成果を得ることができるのです。形名参同は、実際の職務の遂行と成果の重要性を強調し、ジョブ型雇用における評価基準にも似た要素が見受けられます。

ジョブ型雇用は、役職や職務に応じて人々に明確な責任と目標を与え、それに基づいて評価を行います。この形名参同の原則を考慮することで、組織内での透明性と公平性が確保され、成果に基づいた適切な報酬が与えられることになります。

形名参同の有効性と課題

形名参同の原則が現代のジョブ型雇用において非常に有効である一方で、いくつかの課題も変わらず存在します。その代表的なものは、評価基準の設定と成果の測定方法です。

評価基準の明確化と透明性
形名参同が効果的に機能するためには、評価基準を明確にし、部下がそれに基づいて自分の職務を遂行できる環境が整備されていることが必要です。もし評価基準が曖昧であれば、職務内容と成果の間にギャップが生まれ、不公平感が生じる恐れがあります。また、評価基準の透明性が確保されていなければ、部下は自分がどのように評価されるか分からず、モチベーションが低下する可能性もあります。

柔軟な職務設計の必要性
形名参同はあくまで職務に基づいた成果を評価するのが原則ですが、現代の職務は急速に変化することがあります。例えば、テクノロジーの進化や市場の動向により、業務内容が短期間で変化する場合もあります。そのため、柔軟な職務設計が必要となり、部下が迅速に変化に対応できるような仕組みが求められます。

成果の測定方法
成果をどのように測定するかも課題の一つです。現代のジョブ型雇用では、数値化できる成果を重視する傾向にありますが、数値化できないような業務も多くあります。

例えば、典型はバックオフィス業務ですが、その他にもリーダーシップやチームワーク、顧客との関係構築など目に見えにくい部分の成果も重要です。これらの非数値的な成果をどのように測定し、評価に反映させるかが形名参同を現代組織に適用する上での重要な課題となります。

形名参同を現代組織にどう活かすか

形名参同の思想は、現代のジョブ型雇用における組織運営に非常に有益な指針を提供していることが理解できると思います。そして、この思想をどのように組織に取り入れるかについては、以下のようなアプローチが有効です。

職務ごとの明確な職務設計
各職務には明確な責任と職務内容を定義し、それに基づいて従業員が自分の役割を果たせるようにします。また、職務設計が透明であることが、従業員の安心感と成果を出しやすい環境を作り出します。

成果主義の実施
成果を上げた従業員には、その成果に見合った報酬や評価が与えられる仕組みを作ります。これにより、従業員は自分の仕事に対して高い責任感を持ち、積極的に成果を上げようとする意欲が高まります。

評価基準の透明性確保
従業員にとって、どのように評価されるかが明確であることが重要です。評価基準やその実施方法を事前に伝え、従業員が納得しやすい環境を整えることで、公平感と信頼感を生み出します。

柔軟なキャリアパス設計
業務内容や成果に応じて、柔軟にキャリアを積んでいけるような仕組みを提供します。これにより、従業員は自分の成長を実感しやすく、組織へのロイヤリティが高まります。

まとめ

形名参同は、申不害ならびに韓非子の法家思想の中で提唱された、非常に理にかなった組織運営の原則です。この考え方は、現代のジョブ型雇用における職務の明確化や成果主義に通じ、より効率的で公平な組織運営を実現するための多くの示唆を提供しています。

現代の企業においても、職務と成果が一致するような環境を作り、従業員が自分の役割に対して責任を持って成果を上げられるようにすることが求められている環境においては大いに参考になります。

ただ、中国の歴史の中でこの刑名参同を用いて統治し、永続的な発展を遂げた王朝はひとつもないことも事実です。歴史上初めて中華統一を成し遂げた秦ですら15年という短命に終わったのも法家思想の弱みが影響してのことです。これが何を意味するのかはマネジメントに携わる人たちに考えていただきたいテーマかと思います。

今回は刑名参同について解説させて頂きました。中国古典には現代で用いられているマネジメント手法の原型となる思想が数多くあり、それら思想を用いてどのような結果になったかまで詳細に歴史には記されていますので、歴史を知っていると組織の制度設計に慎重になることができると思います。

目標達成は組織運営において極めて重要なことです。ただ、MBO、OKRが流行っているらしいから自社でも導入をと安直に考えると望まない結果を招いてしまう恐れがあることに留意したいものです。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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