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BGM contes

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音楽に触発されて生まれたコント。もしくは情景素描。
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#思い出の曲

BGM conte vol.14 『ばらの花×ネイティブダンサー』

BGM conte vol.14 『ばらの花×ネイティブダンサー』

そのモーパッサンの青い布張りの初版本の奥付には、大正二年とあり、西暦に直せば1913年である。左下の余白には見知らぬ名が毛筆の可憐な字で小さく書かれてあった。

秋冬の連休の中日などにふと思い立って実家に顔を出すと、死んだ父の書斎に立ち入って、書棚からめぼしいものを引っ張り出してきては大時代風のカビ臭い安楽椅子に身を埋めながら読むとはなしにページを繰るうち、いつしか寝入ってしまう。そんな日は目を覚

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BGM conte vol.6 «We’re All Alone»

BGM conte vol.6 «We’re All Alone»

 同期会の二次会で、妻の命日になにをするのかと聞かれて、独り静かに過ごすさと答えた轡木だった。

 しかしじっさいは、独り静かに過ごすどころではなかった。三人の子どもたちは銘々の子らを、つまり孫たちを引き連れて前日から轡木の隠居先に押しかけ準備に取り掛かり、当日は昼過ぎから盛大に会食した。轡木の隠居先は海水浴場にほど近く、プール付きとはさすがにいかないが、広い庭もあった。そこに皆が集ってバーベキュ

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BGM conte vol.5 «夢中人»

BGM conte vol.5 «夢中人»

「暇なの?」
「暇じゃないわよ。分刻みでこちとら動いてるの。今日はほんと、予定あるから、またにして」
「仕事、辞めた」
「え? いつ?」
「うーん、かれこれひと月前かな」
「なんで、また……。連絡するなら、辞める前でしょうよ」
「なんで」
「なんでって……力になれたかもしれないじゃない」
「自分のことは、自分で決める。わたし、そういう人だけど、知らなかった?」
「知ってたけど……」
「車、出してよ

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BGM conte vol.4 «空港日誌»

BGM conte vol.4 «空港日誌»

 沙彩からの電話。
 この子の電話はきまって平日の、中途半端な時間にかかってくる。たとえば午前十時とか午後の三時とか。で、便りがあるのは悪い報せで、あの子は屈託を解消するために電話をかけてくるのだ。
 これがかっきり三か月ごととなると、とても偶然とは思えない。あの子なりに遠慮があるのだ、と思えば情にほだされかかるけれど、こちとら暇ではないのだ。主婦をナメるな、といつか言ってしまうかもわからない。

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BGM conte vol.3 《God Only Knows》

BGM conte vol.3 《God Only Knows》

 雉鳩の鳴き音がする。

 ホーホーフッフー
 ホーホーフッフー
 ……

 フッフーのところはクックーに近い。鳥の鳴き真似は僕の十八番だ。
 昼下がりの柔らかな光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
 いつまでも寝床でぐずぐずしていて、窓の外のそれに合わせ、知らず鳴き真似していることもあった。雉鳩の鳴き音が止む。こちらもやや遅れて止める。
 探るような間合いのあとで、また鳴き始める。こちらもやや

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BGM conte vol.2 « Tell Your World »

BGM conte vol.2 « Tell Your World »

 希望とは、漠然と思い描くなにかではない。

 動機に明確な目標を与え、その達成のための時間を精緻に測ること。それは長ければ長いに越したことはないが、測定不能のまま放置するのはダメだ。目標とそこに至る行程が具体的に定まったとき、人は充足した生を生きられるようになる。そしてこの一連の行為を指して、希望というんじゃないか。
 こうしてナミを失ってからの絶望の一年を経た僕は、ナミを創造することに没頭した

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BGM conte vol.1 « Have You Ever Seen The Rain? »(雨を見たかい)

BGM conte vol.1 « Have You Ever Seen The Rain? »(雨を見たかい)

「なんでまたヒッチハイクなんか」
「みんな、それを訊く」
「若いの。そういう言い方はよしたほうがいい。おまえも有象無象のひとりだと言われて嬉しい奴はいないから」
「そういう説教もこれが初めてじゃないよ、old man」
「まったく怖いもの知らずなんだな。こんな砂漠で拾われて、なにされるかわかったもんじゃないのに」
「それはお互い様でしょうよ」
「やれやれ、とんだ若者を拾っちまった」
「そういうアン

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