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お寺の国のクリスチャン (小説)

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留学先のアメリカでイエスキリストに出会い、人生を変えられてしまった真木さんは、じつは信州の旧家の跡取りだった。故郷で彼を待ちかまえている、封建的な家制度から逃亡すること二十年。つ…
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「お寺の国のクリスチャン」 (クリスチャン小説たち)

「お寺の国のクリスチャン」 (クリスチャン小説たち)

 わたしの書いた「お寺の国のクリスチャン」というクリスチャン小説たち。時系列順にならべた記事を、むかし作ったのですが、リンクが切れてばかりいたので、いまさらですが、にゅーばーじょんを作りました。

↓これを書く契機になったエッセイ

 

1 「逃れの町」

(全1話)

2 「砕かれる」

(全1話)

3 「お寺の国のクリスチャン」

(全3話)

4 「わたしの軛」

(全6話)

5 「あ

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あなたと共に生きる喜び (短編)

あなたと共に生きる喜び (短編)



「恋に落ちれば」
というわたしの本の、
いちばん最後に載っている
おはなしです。

 

 《joie de vivre avec toi》 

 よせてはかえす波を見ていた。青緑色をした、しずかな曇天の海を。なんだか恐竜でも現れそうな、原始的な海だった。薄明かりの空に、いまにも翼竜が飛んできそうだ。雨に濡れた、砂鉄色の波打ち際にしゃがみこんで、ぼくたちはただ無言で海を眺めている。

 「ヴィ

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わたしの軛 (改訂版) ⑥ (完)

わたしの軛 (改訂版) ⑥ (完)

↓ひとつまえ

 

11

 八枝が告白するように、あの出来事を語ると、真木はしずかに、良い薬になったね、女三の宮さんと言った。そしてその場で立ちあがって、パウロに電話をかけると、久米がこんどこそ受洗したがっていると伝えた。湖に連れていって、沈めようと。なにも知らないパウロは、まだ寒いだろ、と言った。そばで聞いている八枝にむかって、真木はにやりと顔をしかめてみせた。

 久米の洗礼式は、土曜日に

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わたしの軛 (改訂版) ⑤

わたしの軛 (改訂版) ⑤



9

 

 ふと目が覚めたとき、辺りはまだ暗かった。布団から出た顔や手に、山国のしんと凍るような寒さを感じて、ああ、そうだ、ここはアメリカ南部じゃないんだというのを、改めて思いだした。

 夜に目が冴えたときは祈るとき、というのがパウロの決まりだったから、枕元のスタンドを付けて、聖書をひらいた。かすかな光に照らされたアパートの部屋は、ひとりで住むにはすこし広かった。ちくりと胸を痛みが刺す。き

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わたしの軛 (改訂版) ④

わたしの軛 (改訂版) ④

↓ひとつまえ

7

 次の週は、普段どおりの日々が過ぎていくかのようにみえた。真木はなにかに打ち克ったという感覚と、主のためになにかを為した充足感の余韻とをひきずっていて、霧が晴れわたったような表情をしていた。

 久米は金曜の夜、ふいにやって来た。仕事終わりらしく、紺のスーツを着ていて、私服のときとは別人のような雰囲気がした。

 「すみません、突然来ちゃって」

 久米にはどこか、拒もうにも

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わたしの軛 (改訂版) ③

わたしの軛 (改訂版) ③



5

 いやなことばかり続いた。次の日曜日がみえてきたころ、風邪ひとつひかないと自慢していたパウロが、八度五分をだして寝込んでしまった。アパートにひとり寝かしておくわけにいかないと、真木たちは引きずるようにして屋敷に連れてきた。風邪の症状があるわけでもなく、ただなにかが切れてしまったように、熱だけがでた。知恵熱かもしれない、と真木は言った。

 パウロの妻が突然亡くなったのも、ちょうど三年まえ

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わたしの軛 (改訂版) ②

わたしの軛 (改訂版) ②



3

 東京では桜が咲いたらしいが、北アルプスをのぞむ松本には、冷えびえと凍てつく風が吹いていた。八枝とパウロは教会の用足しに、いっしょに街へやってきた。先に用を済ませてしまった八枝は、女鳥羽川沿いの、にぎやかな縄手通りの、柳の下のベンチに腰かけて、パウロが店から出てくるのを待っていた。

 姑のものだったという、渋い紬を着た八枝は、江戸時代の風情がする街並みによく映って、ちらちらひと目を惹い

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わたしの軛 (改訂版) ①

わたしの軛 (改訂版) ①



1

 「おれはおまえを、宣教師に嫁がせたつもりでいる。衣食住に困らなければ、それで満足だと思え」

 一年まえ、八枝が結婚したとき、父はそう言った。彼女の夫は、温かい衣服や食べものにもこと欠きながら、福音を伝える宣教師には、ほど遠かった。彼女の嫁ぎ先は、相当な資産を有する、信州の旧家だったから。

 まだ寒い三月の日。にぶい色をした灰色の空は、いまが昼なのか夕暮れなのかも、はっきりせずに憂鬱

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その先にあるもの (短編)

その先にあるもの (短編)



*この小説は作り話であり、
実際の団体や人物とは関係がありません*

 「そう、そうね、大変じゃないなんてことないわ」

 歌うように、彼女は言った。泡だらけのスポンジを手に、汚れたカレー皿と戦いながら。かろやかな音楽を漂わせた、いつまでも夢みる少女のようなひと。その傍にいて感じるのは、心のなかにある涸れない泉の存在。ぼくでなくとも、ついつい引き寄せられてしまう。

 「なんでいまさらそんなこ

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砕かれる (短編小説)

砕かれる (短編小説)


これを二年前に書いたとき、
「今回のは素晴らしいよ!」
と牧師が初めて褒めてくれました。
「心砕かれるための学校」について、
その学校の先輩である彼と
話し合ったことがあった
からかもしれません。

その学校に入ったつもりでいて、
わたしはまだまだ塊のままです。
わたしもあんなふうに、
柔和に、キリストを映せるように
なりたいのですけれど。

そのことを思い出して、
未熟な文章を整え、
すこし書

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invasion

invasion

いま感じていること、
考えこんでいることを、
小説のひとたちの口を借りて、
ひそやかに、ひっそりと

   

 
 戦前に建てられたお屋敷の、ひろい西洋間に散らばりながら、三人はじっとBBCの放送に耳をそばだてていた。とおく遠くの隣国の雪は、べったりと血にまみれている。ほかのことはあまり手につかない。紬のきもの姿の八枝は、縫いかけの刺し子を手にしているが、針はずっと宙に浮いたままだ。この教会の牧

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我々はどこから来たのか

我々はどこから来たのか

 これは、わたしの一冊目の本、
「暗闇の灯」のなかから抜粋した、
『我々はどこから来たのか……』
について語っている場面です。
その舞台、信州松本の写真を添えて。

 「このあいだ妻と、街でやっていたアートの展示を見に行きました。ぼくら夫婦は古い人間なので、現代美術はほとんどわからない。けれどそのなかに、ぼくの目を惹いた作品がひとつありました。それは『光あれ』以前の世界を問うというものでした。『我

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揺らぐことない都 (短編)

揺らぐことない都 (短編)

*この小説は作り話であり、実際の団体や
人物とは関係がありません*

↓あずさの車中で

 「まつもとぉ、まつもとぉ」

 というノスタルジックなアナウンスとともに、鷲尾夫人はまあたらしい桔梗色の列車を降りた。やっぱり寒いわ、と灰色のコートの襟を正して、どこか寂しげな、味気ないホームを見回す。いいえ、まだだわ、雪をまとった常念岳を見なくては、わたし、故郷に帰ってきたという気がしないの。

 改札を

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わたしのものではない戦争 (短編)

わたしのものではない戦争 (短編)


*この小説は虚構であり、
実際の団体や人物とは
なんの関係もありません*

 地獄の底から響いてくるような声だった。まずは小さく始まって、「ゥゥゥウウウ」という唸り声はすぐ「ウワアアアアアアア」という叫びに変わった。大丈夫? と仄かな灯りに照らされた寝顔を覗くと、苦悶の表情。けれど夢からは決して覚めない。

 彼がどのような地獄を見てきたのか、わたしにはわからない。けれど毎晩のように聞かされる叫

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