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目にはみえない話し

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寓話のように、目にはみえない、キリストとの関係を書いた話し。フィクションでもないし、エッセイとも言えない。
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#キリスト教

わたしが十字架だった頃

わたしが十字架だった頃



 遠いのか、近いのかもわからない、ある過去のこと。わたしは丘のうえの、材木だった。木の種類はなにか? ローマ帝国において、囚人の処刑用にどのような木材を用いたのかなんて、よく知らない。べつになんだって構わない。

 それが鈴ヶ森だったのか、エルサレムの外れだったのかも、よくわからない。たぶん後者だろうけども、どちらにも行ったことはない。ここではないどこかで、わたしは、かれを苦しめる処刑具だった

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ぱらどくす

ぱらどくす



 まぼろしによって、天国を訪れたひとのはなしを、読んだことがある。

 まず招きいれられたのは、天国のなかでも手前のほうだったそうだけれど、それでもその耀かしさ、うるわしさは、彼を圧倒させた。

 彼を歓迎してくれたのは、地上では著名だったひとたち。誰だかは知らない。でも大きな教会の牧師だとか、金字塔のような作品を書いた作家だとか、なんだか華々しい描写が、名前を伏せながらも並んでいた。

 地

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よるの臨在

よるの臨在



 よる、あのかたがいらした。声もださずに、わたしは「死んでしまいそう」と「愛してます」ばかりを繰り返した。 

 ふと思いが逸れて、せっかくキリストが、傍にいらしてくださったのだから、祈らなきゃ、と考えた。するとあのかたは、しいっ、後で、とわたしを黙らせた。

 わたしは、どうしようもなく、あのかたと、恋に落ちてしまった。

 しばらくしてから、わたしは祈った。それは、睦言のようだった。あの

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クーリエさんの夢

クーリエさんの夢



 クーリエさんというひとがいた。

 クーリエさんは宣教師で、世界中を飛びまわっていた。何百人ものひとたちをキリストに導き、洗礼を授けた。誠実な、とってもよいひと。みんなが彼を尊敬していた。

 そんなクーリエさんにも、死ぬときがやってきた。天国の門に着いて、当たり前のようになかに入っていこうとしたクーリエさんを、門番の天使が止めた。

 「待ちなさい、お前の名前は名簿にない」

 クーリエさ

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ジョウロのはなし

ジョウロのはなし



 山を下りてゆくと、ちいさな菜園がみえた。竹のはやしに囲まれて、瓦葺きの農家がたった一軒、谷戸の奥に建っている。湿った風が斜面をふいてゆく。きれいに立てられた畝に、太った白菜が育っているのを、わたしは階段のうえからぼんやりと眺めた。

 畑には、頑丈な身体に、粗末な服を着たひとがいた。鍬から手を離すと、彼はわたしに呼びかけた。やさしくて、なにかを思い出すような声だった。名まえを呼ばれて、畑にあ

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十字架の釘にキスして

十字架の釘にキスして


『わたしは日々、死んでいます』
  第一コリントの手紙15:31

『わたしはキリストと共に、
十字架につけられています。
生きているのは、
もはやわたしではありません』
ガラテアの手紙2:20

 トン、トン、トン、と音がする。思っていたよりも穏やかに、やわらかな調子で、釘が打ち込まれていく。わたしの魂に、あのかたの手で。

 初めの衝撃はもう去って、いまは疼痛のように、ただ釘の打ち込まれた点

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風の強い山にて

風の強い山にて



 風が強くなってきた。長らく訓練を受けていた谷を越えて、いまはこのなだらかな、牧草地のような山を歩いている。いつのまにか見晴らしの良い場所に来ていた。いつか来た高原を思い出す。霧ヶ峰だとか、美ヶ原だとか、信州のうつくしい高原たち。

 白い道が一本ひかれている。わたしはただ前をゆく背だけ見つめながら、黙々と足を動かす。道順だとかは分からない。あの方が行くところへ付いていくだけ。だから真向かいか

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