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【複雑性PTSD治療記録】EMDR・USPT|2025.1~2|

このアカウントを「人生の話」として、2ヶ月が経った。
それはきっと、このトラウマ治療を記す覚悟ができたからだと思う。

私は複雑性PTSDを抱えている。
それが悪化して、昨年12月はフラッシュバックに悩まされていた。


昨年末、カウンセリングオフィスの扉をたたいた。
2025年スタートしてから今日まで、4回の専門治療をしている。

※初めにしっかりと断っておくと、占いやスピリチュアルではなく、臨床心理士と公認心理師、両方の資格を持った方に心理療法を使って治療してもらっています※


まだ治療の途中だが、著しい変化が現れている。

一番は、集中力の向上。

治療前は1回に1時間~1時間半しか集中が続かず、
移動したり食事をしないと切り替えられなかった。
1日の仕事時間は最大3~4時間

今は1日6~7時間仕事をしても平気になった。


その核となるのは、「統合された自分」だと思われる。


統合された自分をめざす


驚くべきことに、私の中には
いくつもの冷凍保存された「悲しみを抱えた自分」が存在している。

普段はメインの「社会的な自分」が外の世界とうまくやっている。
しかし、トラウマのトリガーに触れる出来事が起きると
そのトラウマ発生時の「悲しみを抱えた自分」がひょこっと表れる。

だから、「なぜかいつもしんどい」「いつも頭が忙しい」などが起きるらしい。

この程度が高くなってくると
「解離性パーソナリティ障害」や「解離性同一性障害」になるという。

私のように自分の内部にいくつもの自分を抱えている場合は
「内在性解離」といわれる状態。


この2ヶ月は、この内在性解離を治療してきた。
いくつも出てくる、冷凍保存された「悲しみを抱えた自分」と対話し
今の38歳の自分と融合・統合をめざしている。

3回の治療で9つの「悲しみを抱えた自分」と出会う


ここからは、プライバシーも踏まえて話せる範囲で話そう。

初回はEMDRでの治療だった。
4歳時の記憶が蘇り、”なぜ母があの時倒れていたのか”を知るなど
過去が生々しい映像として思い出されるという体験をした。

しかし2回目からは、
”突然「今の自分ではない感情」がスコーンと入り込んでくる”という
自分の日常を解明したく、USPT治療に入った。

自分自身、10代からいろんな治療と薬を経験しているが
USPTを知ったのは、今回が初めてだった。

USPT:タッピングを用いた解離性障害の治療法

USPTは,タッピングを用いて人格部分(別人格)を呼び出して,労をねぎらうことにより,解離(解離性障害)による人格部分の統合を行う心理療法

http://uspt.gaiary.com/

最初は、「ええ・・・スピリチュアルな感じかな・・・?」と思っていたが、
やってみてビックリしたのは、きちんと今の自分の意識がある状態で
「悲しみを抱えた自分」が出てくることである。

だから喋っている自分=悲しみを抱えた過去の自分だが
頭では「え~そんなことまで思ってたの」と38歳の自分が驚いている、という、なんとも不思議な状態になる。

<治療時に出てきた「悲しみを抱えた自分」の年齢>
1回目:4歳・15歳・18歳
2回目:14歳・19歳
3回目:17歳・26歳・29歳・13歳


これだけの悲しみを抱えてきたのか、と自覚してから
一生懸命生きてきた自分を褒めることができるようになった。



誰に理解されなくてもいい、自分が自分として生きるために治療している


前の私なら、事細かくここに記録して
だからみんながんばろう!と書いていただろう。

今の私は違う。

自分の中が穏やかで、平和を侵されず生きられたらそれで良いのだ。


「何者かになろう」もなくなった。
「認めてほしい」もほとんどない。

自分がこの治療をやって良かったと思えて
夫がこの治療と回復を喜んでくれて、
息子を大切にできる。

それで十分だ。


トラウマを抱えた人、複雑性PTSD を抱えた人にとって
少しでも治療のヒントになれば幸いです!

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