【掌編小説】記憶は風に乗り(1639字)
まだ夜明け前の静けさが森を包む頃、1匹のセミが生まれた。土の中の長い暗闇を経て、ようやく地上の光が彼を迎えた。顔を出した瞬間、彼はその鮮やかさに息を呑んだ。無限に広がる空、揺れる木々、光の粒が踊る世界。それは、今までの静寂とは全く異なる、生の躍動感に満ちた世界だった。
初めて耳にした音たち。鳥たちのさえずり、風が葉を撫でる音、そして何より、仲間たちの合唱。それらはまるで、彼を誘うように、遠くから近くから響いていた。彼もまた、その響きに加わりたいと願い、小さな体を羽化させた。