【1分小説】電卓の悩み

電卓「デン太郎」の日常は平凡そのものだった。オフィスの片隅で、ただ数字を計算するだけ。それが彼の仕事であり、人生だった。

ある日のこと、新入社員の佐藤くんがデン太郎の横に来て、ボソッとつぶやいた。「あれ？これ、まだ動くのか？」
それは言わば電卓界の屈辱的な一言。デン太郎は胸の中で「まだまだ現役だ！」と叫びたかったが、もちろん声にはならない。

佐藤くんはデン太郎を片手に持ち上げ、目の前にスマホを取り出した。「計算ならこれで十分だよな」と言いながら、スマホの電卓アプリをタップした。その瞬間、デン太郎の中で何かがプツンと切れた。

「計算ならスマホで十分だと！？そんなこと言わせてたまるか！」とデン太郎は心の中で燃え上がった。

その日、オフィスが静まり返った深夜。デン太郎は静かに立ち上がった。「俺が何をできるか見せてやる！」　
するとデン太郎は、デン太郎奥義「オーバークロックモード」を発動する──いや、実際にはそんな機能はない。しかし彼は自らを限界まで追い込み、今までにない速さで計算を始めた。


「3×5×8÷2×100……」彼は次々にランダムな数字を計算し始めた。
「これが俺の実力だ！」と叫びながら、画面には高速で数字が現れ、消え、そしてまた現れる。

その時、突然、スマホがデン太郎の目の前に転がり込んできた。「おい、こんな夜中に何をしてるんだ？」
スマホの「スマ吉」が言った。彼は最新型で、どんなアプリも軽々とこなす万能選手だ。

「俺は電卓だ。数字の計算なら、俺の右に出るものはいない！」とデン太郎は叫んだ。そして彼はさらに計算スピードを上げ、画面には無数の「+」「-」「×」が踊り続けた。

スマ吉は静かに見つめた後「まあまあ、頑張ってるじゃないか。でも、俺にはボイスアシスタント機能がついてるんだぜ？」

「ボイスアシスタント……？」デン太郎は驚いた。計算するだけでなく、話すこともできるのか！？それは反則だ！

「計算結果を話すだけじゃない。俺は音楽も再生できるし、天気予報も確認できるんだ」とスマ吉は得意げに続ける。

デン太郎は唖然とした。自分の役割が、一瞬にして陳腐なものに感じられた。彼は何とか反撃しようとしたが、頭に浮かぶのは、せいぜい「2×2＝4」という基本的な計算だけ。

その時、デン太郎はあることに気づいた。数字を計算すること自体は、もしかしたらもう「特別」ではないのかもしれない。しかし──

「俺には、ノスタルジーがある！」彼は叫んだ。

「ノスタルジー？」スマ吉は眉をひそめた。

「そうだ！俺は昔から使われている。俺を使ったことのある人々には、懐かしさがあるんだ！お前にはそれがないだろう！」デン太郎は力強く思いを込めた。

スマ吉は一瞬沈黙した。そして静かに言った。「……それは確かに、俺にはないな」

「勝った！」デン太郎は心の中でガッツポーズを決めた。

しかし、その瞬間、スマ吉は言った。「でも、俺は過去じゃなく、未来を見てるからね」

その言葉に、デン太郎は再び頭を抱えた。