勘がいいのは、よく観察して考えて推測しているから
様々な積み重ねで、勘の良さが生まれる。逆に観察も考えても推測もしなければ、勘はうまく働かない。
よく観察する
今は何を目指してどういう状況なのか。なぜその行動をとっているの。どういう法則性があるのか、何がスタンダードでどこがイレギュラーな部分なのか。どこは厳密さを要求され、どこはどの程度の融通さが許されているのか。
観察はどの程度やればいいかというと、次回は自分が一人でやる可能性を考え、完コピする勢いで観察する。
百聞は一見にしかずで、今は関係ないことであっても一回でも見ておくといつかどこかで役に立つ時がくるかもしれない。とにかく見る見る見る、全てを観察する。一部をよく見るのではなく、それの前後軸や、関わりある人や物の流れもなるべく全て見る。
筆者が昔働いていた職場では「一回見せたんだから次回は一人で出来るよね?」というのが基本的な考え方だった。厳しいが、それくらいを求められていると観察も本気だ。
考える
観察と同時に、事象が起きている理由を考える。なぜその動きになっているのか、なぜその順番なのが、なぜその発言が出たのか。その事象や動きに無駄はないのか、盲点はないか、もっといい方法はないのだろうか、自分ならどうする。
考えたことは記憶に残りやすいし、合理的な説明がついていればついているほど、全てを細切れで覚える必要がなくなる。この記憶方法をエピソード記憶という。
推測する
次はどうなるだろう。どういう可能性があるか、ベストプランは何か、最悪な事態は何か。全体の中での緩急はどう分配されているか。近い将来はどうなる、遠い将来はどうなる。それを判断した根拠は、何がキーになっている、それがどうなるとどのような判断になる。
わからないことは聞く
わからない場所は難しい場所、複雑な場所、他の人も悩む場所。解決しないと次回も同じ場所で躓く可能性は高いし、解決していないから先にも進めないか、闇雲に進めるか。闇雲に進めて困るのは自分。失敗したり、無駄にエネルギーや時間を消耗する可能性が高くなる。
勘は全てを使っての総合的判断である
勘は、経験、知識、それらから導きされた自分の中での割合などで即断したものだ。自分の心の声が真実を言っている。後々「やはりね」ということになることは少なくない。
まとめ
勘の良さは鍛えられる。勘を鍛えるのが苦手な人は、勘が冴えてて相談できる知り合いを複数人持っておけばいい。