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【書籍レビュー】『学びなおし近代日本思想史 維新と敗戦』

今回は、2018年8月に晶文社から出版された『学びなおし近代日本思想史 維新と敗戦』について、レビューします。

この書籍は福澤諭吉から高坂正堯まで23人の思想家を取り上げ、日本の近代化と敗戦を軸に「これから先、日本はどうなるのか?」「日本人らしさとは何か?」などについて思考を巡らす内容となっています。

福澤諭吉

時代の転換点に生きている我々もさまざまな悩みや苦しみを抱えています。

そうした「危機の時代」において、激動の時代を生きた過去の思想家たちのエピソードは私たちの視座を高めるロールモデルになるのではないでしょうか。

【現代に通じる苦しみ】

本書では思想家たちの人生観や死生観、そして国家や社会への洞察が描かれています。

特に興味深かったのは石川啄木の章でした。

石川啄木

啄木は近代日本人が抱える「二面性」に焦点を当てて批評を行い、その内容には現代を生きる日本人にも通じるものがあると感じました。

「石川啄木」と聞くと「詩人」を思い浮かべる方が多いと思いますが、啄木は短歌のみならず文明批評を書き続けた人物でもありました。

日清戦争、日露戦争という国家の存亡が懸かった戦争に勝利した後、日本社会ではロマン主義ではなく自然主義が脚光を浴びるようになります。

ロマン主義では感情や想像力などを重視し、民族意識の高揚や神秘的なものに対する賛美が見られ、一方の自然主義には科学的・社会的な視点から自然の事実を観察し、社会の厳しい現実や人間の欲望をありのままに描くという特徴があります。

近代文明では都市部に人や産業が集中し、都市と地方の格差が拡大していきます。

これにより地方は衰退し、都市部では「富」を追い求める競争社会から零れ落ちた人々が疲弊していました。

若者たちは自らが育った田園風景を否定して上京する一方、世知辛い都会の論理にも疲弊し、精神的拠点を失っていきます。

こうして自己を軽蔑し、「時代の弱点を共有」するようになります。

啄木は、自己肯定感を持てなくなり、他者を論って溜飲を下げるような「近代人」は「出口を失った」人間だと結論づけました。

こうした人々が閉塞した状況を打破するために何か劇的な出来事の到来を待ち、性急に(自分たちにとっての)悪を排除しようと夢想します。

このような内向的な心とヒロイズム礼賛という極端な二面性が「近代人」にあることを啄木は導きだし、注意を向けました。

現代に生きる我々日本人も、経済の停滞や人口減少、生活苦、社会不安などで閉塞感を感じている人も多いと思います。

僕は本書を通して、啄木が注意を向けた「近代人」のように、自分自身や日本社会の中に極端な二面性がないかを考えさせられました。

吉本隆明と三島由紀夫の章も示唆に富んでいました。

吉本隆明
三島由紀夫

2人とも10代後半から20代前半という多感な時期に戦争を経験しています。

吉本は当時の時代状況そのままに、日米戦争は正しく、この戦争で自分は死ぬべきと結論づけていました。

しかし、敗戦を機に世間の評価が一変したことで苦悩します。

先の大戦は日本に正義があるとされていましたが、敗戦によってその「連帯」が解体したとき、吉本には人間が連帯することへの嫌悪が襲ってきました。

戦時中は「鬼畜米英」を唱えていたにも関わらず、敗戦後はいわゆる「戦後民主主義」の価値観をすんなり受け入れ、したたかに生きる多くの人々を理解できなかった吉本は国家を「幻想」と断定し、絶対的真理や普遍的正義はしょせん共同幻想にすぎないと喝破しました。

玉音放送を聴く国民

国家権力を否定する吉本ですが、2011年の福島第一原発事故の後に起きた反原発運動には批判的でした。

共同幻想を論じる吉本にとって、正義をふりかざして「集団化」する反原発運動には忌避感があったことが考えられます。

僕はこの吉本隆明の章を通して、「自分の考えは正しいのか」「共同幻想に陥っていないか」を自己点検させられました。

吉本と同じく戦争体験が思想の糧となった三島由紀夫は、戦後のふわふわとした虚脱感に嫌気が差し、天皇の絶対化によって「日本」を取り戻すことに救いを求めます。

1970年11月25日、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪れ、自衛隊員に決起を呼びかけて自決します。

その4か月前に、三島は産経新聞にこのような寄稿を行いました。

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである」

(1970年7月7日付 サンケイ新聞)

この三島の焦燥感は、50年以上の時を経た今もなお、我々日本人に問いかけているように感じます。

他にも江藤淳や竹内好、坂口安吾などが取り上げられているので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください。

本書は2部構成となっており、第1部では思想家たちを取り上げて著者の視点を加えつつ思想における羅針盤を探し、第2部では明治時代に「留学」した著者がナショナリズムや水戸学、昭和天皇などをキーワードに「危機の時代」の処方箋を探す内容となっています。

時代の転換点に生きる僕たちがいったん立ち止まって過去の思想家たちの言葉に耳を傾ける格好の書となっています。

以上、今回は晶文社から出版された『学びなおし近代日本思想史 維新と敗戦』のレビューでした。

YouTubeにも動画を投稿したのでぜひご覧ください🙇

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【参考文献】『学びなおし近代日本思想史 維新と敗戦』先崎彰容,晶文社,2018年

書籍はこちら↓
https://x.gd/R1ZdN


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