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ハードボイルド書店員日記【166】

クリスマス商戦で大混雑の週末。年末年始を休まぬうえに、このシーズン限定の割引クーポンまで配布された。施設の決めた取り組みである。観光客が多く訪れるからという理屈はわからなくもない。それならどこかのタイミングで土曜か日曜に全館休業日を1日設けてはどうか。他業種の人が働く日も働かない日も出勤し、給料はそういう連中よりだいぶ低い。これが書店員の実態だ。

袋が要ると伝えたのにくれなかった。横のレジでマスクをした中年のご婦人が騒いでいる。繁忙期は常にそれに近いトーンで話してくれるとありがたい。同僚が「ご不要ですね?」と確かめたのも聴いている。

列へ並ばずに「週刊誌どこ?」「家計簿の場所だけ教えて」と横から割り込む輩も後を絶たない。「あそこです」指で差すだけにしている。いずれもレジから歩いて三秒以内だ。

「6日までに買えないと困るんだけど」お問い合わせカウンターで年配の男性が声を荒げる。「確約はできません。1月半ばの入荷になる可能性が」「半ばっていつ?」「年明け中旬の可能性が高いということしか申し上げられません。物流の関係でハッキリしたことは」「絶対に6日までに入らない?」「いえ、ですから」「間に合うか間に合わないかどっちだよ!」聞いている方が恥ずかしくなる。トラックの運転手を経験するといい。私なら「間に合わない可能性が高いです」を繰り返し「注文品のキャンセルはできません」と念を押す。勘違いするな。俺たちはあなた方の無理難題に応えることで給料をもらっているわけではない。

ラッピング希望は問題ない。歓迎、とまでは思わぬがこの時期の風物詩だ。しかし一家全員でレジに並び、ひとりずつ本を出し、会計を分けて各々に領収書が必要で、なおかつすべて個別に包装とか告げられると話は変わってくる。

週末しか来られないのはわかる。だが先週や先々週ならもっと空いていた。それも無理だったのか。そしてこういう連中は往々にして、会計途中で言うことをコロコロ変える。「あ、クオカード使えるの?」「レジ袋やっぱりいいや」など。クレジットで引き落とした後だと返品処理と打ち直しが必要になり、社員を呼ばねばならない。後ろで待つ人たちから苛立ちをぶつけられるのは我々である。

書店員は俗物だ。少なくとも、こんなケースが続いてもなお清らかな心を保っていられるほどの聖人性とは縁がない。そういう時に「これ面白いらしいね」と岩波新書の「多数決を疑う」を出された。定期的に来てくれる老紳士。「オススメです」「どこにもなかったけど、ここならと思って」「ありがとうございます」「新書のエリアにはなかったけど」岩波は買い切り、つまり返品不可ゆえ担当が置きたがらない。ならばと一冊仕入れ、自分が仕切る政治・経済の棚へ差した。政権への失望感が高まっているいまこそと考えたからだ。

カバーを掛け、栞を挟んだ。「多数決の選挙で勝っても民意が反映されていないと感じるのは不思議だよね」老紳士が呟く。「これも理由のひとつかと」133ページを開いて見せた。こんなことが書かれている。

「現在の日本では衆議院選挙で小選挙区の割合が多く(残りは比例代表)、得票率が高くなくとも圧勝する『地滑り的勝利』が容易になっている」
「二〇一四年一二月の衆議院選挙では、自由民主党は全国の投票者のうち約48%の支持で、約76%の議席を獲得した」

なるほどと小刻みに頷く。「みんなもっと選挙に行かないとなあ」「あとは前提となる仕組みの是非ですね。複数候補に3点、2点、1点を入れるボルダルールを叩き台に据え、一から作り直す余地があるかと」「確かにね」笑顔で帰っていった。こちらもやさぐれていた心が落ち着いた。

ルールを守る。社会生活を送るうえで欠かせぬ姿勢だ。しかし明らかにおかしい、現状に即していないと感じた場合はどうするべきか。各々が勝手な判断で破るのは言語道断。しかし「ルールはルールだから黙って従え」「悪法もまた法なり」などの大人の態度と評されがちなスタンスが改善の可能性を閉ざしていると映るのも事実だ。

給料が安くて年中無休。ろくに有休を使えない。しかも人手不足でしょっちゅう理不尽な言葉を浴びせられる。こんな職場で誰が働きたいと望むのか。もちろん国の支援なしで時給を大幅に上げるのは難しく、人員もすぐには増やせない。ならばせめて変えられるところから。

元旦ぐらい休もう。話はそれからだ。

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