ハードボイルド書店員日記【209】
<熱い人>
アルバイトの新人が入ってきた。待望のフルタイム。元気が良くていつもニコニコし、仕事を教えれば「はいっ!」と返事をする。
「彼、いいよね」
「ですです。やる気あるし」
「面接の時に『休みの日は他の書店へ通って勉強してます!』『本と本屋が大好きなので』って言ってたよ」
「そういう熱い人がいちばんですね」
事務所で女性社員とベテランの非正規が盛り上がっている。やれやれ。同じように期待した人たちがその後どうなったかを覚えてないのか?
桜井章一「ツキの正体」(幻冬舎新書)の103ページを思い出した。こんなことが書かれている。
さて、どうしたものか。
<読書時間>
レジの補佐に入った。
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
挨拶がきちんとしているのは悪いことではない。
「この時間はあまり混まないから、カバー折ろうか」
「かしこまりました」
「本屋は初めて?」
「○○書店で契約社員を5年ほど」
「へえ」
だから振る舞いが安定しているのか。
「あそこは契約社員でも異動があるって聞いたな」
「はい。早番と遅番を両方やるし、責任者の業務も」
「でも給料は非正規雇用か」
「お金のことはそんなに。ただ早出と残業が当たり前で、読書する時間を取れないのが嫌でした」
だからフルタイムのバイトに鞍替えしたのか。
「わかるよ。本が好きだから本屋で働いてるのに、そのせいで本を読めない」
「そうなんです! 家に帰ったらぐったりしちゃうし」
「書店にも夏葉社みたいなシステムがあると助かるな」
「夏葉社、ですか? ひとり出版社の」
「こっちへ移ろう」
端に置かれたPCに近い位置のレジへ入ってもらった。キーを叩き「夏葉社日記」(秋月圓)の表紙画像を見せる。著者の秋峰善さんが同社で約1年間アルバイトをした日々が、清々しい文体で綴られている。
「面白そうですね」
「挫折から立ち直るストーリーだし、多くの人の胸に響くはずなんだ。ウチでも売りたいけど、店長がリトルプレスを扱うことに消極的で」
「ああ、仕入れの手間とか買い切りとか」
「29ページと30ページにこんなことが書かれてた」
記憶の底を掘り起こす。
「そこまでしてくれるとは」
「島田潤一郎さんは、本当に本と本屋が好きなんだと思う」
「ですね」
「さすがにウチで10000円は難しい。繁忙期の業務中に本を読むのも。でも3000円分の図書カードを毎月支給して本を買ってもらい、いまみたいな閑散期に読書時間を組み込むことなら」
「できるかも。人員がもう少しいれば」
「夢みたいな話だけど」
「いや、感激しました」
「リトルプレスを置く本屋で働いていれば、必然的に触れて読む機会が増える。こういうアイデアももっと出やすくなる」
「勉強になります!」
あれ違うぞ。話の方向性を誤った。
<非真面目>
来客が続いた。レジ打ちを見守り、細かい点へアドバイスを送る。同じ書店業でも会社が異なればオペレーションがかなり変わってくるのだ。
「もうひとりで大丈夫そうだね」
「御指導ありがとうございます! しっかり頑張ります!」
律儀に頭を下げる。
「まあ真面目なのはいいことだけど」
考えた。再びPCのキーを叩き「魂の読書」(育鵬社)のデータを出す。著者は篠崎にある「読書のすすめ」の店主・清水克衛さんだ。
「45ページにこんなことが書かれてる」
「……真面目じゃない方がいいと?」
腑に落ちない様子だ。
「ムリに真面目であろうとしなくてもってことかな。休みの日に本屋へ通うのは素晴らしい。けど勉強のためとか堅苦しく考えず、ぶらりと遊びに行く感覚でいいと思う」
「なるほど」
「毎回それじゃ申し訳ないから、欲しい本に出会えたらお金を落とす。その積み重ねが良書を見抜く目を自然に育む気がする」
「覚えときます!」
「いや、メモとかしないでいいから」
伝わったかはわからない。もし近い志を抱いてくれたら嬉しい。それだけだ。