アケガラス

雨が降り出したら窓を開け、雨の音を聴くのが好きです。 映画と二度寝と長電話も好きです。

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最近の記事

世界を回した日

回し技に憧れて アラウンド・ザ・ワールド。 世界を回る。 サッカーのリフティング界隈では「跨ぎ」「回し技」とも呼ばれる、まるで曲芸のような技の名前がある。 爪先で空中に蹴り上げたボールを、そのまま脚で跨ぎ、落下するボールを再び脚で受け止める。脚が華麗にボールの周りを回転することから、この名称を冠していると思われる。 ぼくはこの回し技に昔から憧れていた。 部活でサッカーをやっていたころは、できなかった。 サッカーという競技において必須のスキルというわけではなく、リフティン

    • だって宝物だもの

      音声データに追われながら 妻は毎週、声楽のレッスンを受けにいく。講師の許諾を得てレッスン時の音声をすべて録音している。つまり毎週、数時間分のレッスン音源が溜まっていく。学生時代からのものを含めると膨大な容量に及ぶ。そうなるとデータ保管の方法が課題になる。iPhoneのデータ容量はすでに満載である。 そうであれば昔の音源を消去していくのか、そもそも過去の音声を聞き返すことはあるのかなど甚だ疑問だったので、妻に尋ねてみた。 「他の音楽家はどうしてるの?」 「みんな録音して保

      • 芯はどこにある

        地球を味方に ぼくと妻とピアニストが、3人で喫茶店にいる。 さっきから熱心に話しこんでいる。 妻の友人であるピアニストに、ぼくが訊ねる。 「ピアノはコンサート会場ごとに“実機”が変わるから、初めてのピアノで演奏するのは毎回大変じゃないですか」 「そうですね。短いゲネプロでそのピアノと“仲良くなれるか”なんですよね。会場での響き方も違うので」と彼女は言ったあと、「でも」と続けた。 「最近思うのは、楽譜が求めている音の芯をちゃんと指先が捉えられていたなら、本当はピアノや会

        • 意味もなく夢中になれること。それが趣味。

          それは人生の役に立つの? 夜の公園でサッカーのリフティング練習に励んでいる。 学生以来あまりに久しぶりにボールに触っているので、最初はおぼつかなかったものの、次第に100回を超えられるようになってきた。 かつては、爪先だけでちょこまかとリフトして回数を稼いでいたけれど、YouTubeで基礎学習をした結果、きちんと足の甲にミートさせ、ボールを膝や腰までの高さに上げ、できれば無回転で同じ高さをキープする方法を試している。 ボールを一定の高さに上げる分、爪先でこまめに操るよりも

        マガジン

        • 15時の手紙
          107本

        記事

          冬の夜のリフティング・ワルツ

          遥かな時を越えて 夜の公園にいる。空気は冷えて引き締まり、夜空が澄んでいる。この静けさ。この透徹さ。気分まで澄んでいく。 ボールが宙に跳ねた。すかさず右脚を差し出す。次は左脚。また右脚。1。2。3。ボールを脚の甲に当て、なるべく無回転で同じ高さに上げるように保つ。なるべく左右の脚で交互に打つ。同じテンポで刻めると快い。 次第に身体が温まりだす。汗ばんでくる。 冬の寒さは苦手だが、ボールを追いかけていると、もっと寒くなれ、と思える。寒さが心地よくなる。もはやそのためだけに、

          冬の夜のリフティング・ワルツ

          思い立ったら海を見に行こう

          思い立ったら よく晴れた休日の朝、妻がいった。海を見に行こう。船に乗ろう。 そして昼すぎには横浜にいた。 朝の散歩がてら駅前のデニーズでモーニングセットを食べた流れで電車に乗ったので、コートのポケットに文庫本を入れただけの軽装だった。 季節はずれの暖かい一日で、コートを思わず脱いだ。 大さん橋の屋上庭園を歩き、山下公園を歩く。横浜港の周遊船「マリーン・ルージュ」の時刻表を調べておいた。発着する赤レンガ倉庫に着くと、今の時間帯は大型船が入港するのでベイブリッジ手前の湾内を

          思い立ったら海を見に行こう

          妻の実家にて

          丘の上の静かな家 正月、妻の実家に向かった。 義母と義父は、ぼくたちを温かく歓待してくれた。丘の上にある静かな一軒家。陽当たりのよい庭は手入れが行き届き、春の芽吹きを心待ちにしているようだった。 家具が少なく広々したリビングの奥に、グランドピアノが置かれている。手すさびに妻が弾く。ぼくもたどたどしくバッハのメヌエットを妻に習いながら弾いてみる。 昼ごはんに手作りの惣菜と赤飯をいただき、晩ごはんには焼肉で卓を囲んだ。妻がエプロン姿で料理の手伝いをしている。とても可愛い。

          妻の実家にて

          来年を楽しみに迎えられる、初めての年越しについて

          大晦日には決まって蕎麦を打つ。 知人宅で蕎麦打ちを手伝う慣例が何年も続いている。知人は蕎麦打ちが趣味で、大晦日に年越し蕎麦を近所や親戚に配ることを何十年も続けていた。ぼくもその蕎麦をいただき、おいしく食べていたが、あるとき「蕎麦打ちに興味がある」と洩らしたところ、待ってましたとばかりに「一緒に打とう!」と話が進み、そこから毎年手伝っている。 1年の最終日なので、今年の振り返りを記したい。 思い起こせば、今年はじつに苛烈な猛暑だった。今も暖冬を迎えそうな気配である。 そして、

          来年を楽しみに迎えられる、初めての年越しについて

          今宵、山の上ホテルのバーで

          知人宅での忘年会のあと、ぼくと妻は御茶ノ水にいた。 楽しかった余韻が熾火のように残っていたので、このまままっすぐ帰宅するのも名残惜しく、バーで一杯飲んで帰ろうと思い立った。すぐに思い起こしたのが、山の上ホテルだった。言わずと知れた老舗のクラシックホテルだ。作家の“缶詰”部屋として名を馳せているけれど、老朽化のため来年休館となるニュースを耳にしたばかりだった。 ぼくは深夜に幾度かこのホテルにあるバーに訪れていた。もう10年ばかり前のことになる。 当時の仕事仲間と、夕食後の二軒

          今宵、山の上ホテルのバーで

          マイフェイバリット・ブックス・オブ・2023

          日ごろは古本を読むか、図書館で借りてばかりいるけれど、最新刊は本屋で買うようにしている。 そうはいっても、奥付を確認してみると今年刊行された本を読んだのはたったの7冊だった。 『文学キョーダイ!!』(著・奈倉有里・逢坂冬馬) 『滅ぼす』(著・ミシェル・ウェルベック) 『欲望の見つけ方』(著・ルーク・バージス) 『マルクス 生を呑み込む資本主義』(著・白井聡) 『さみしい夜にはペンを持て』(著・古賀史健) 『ママはキミと一緒にオトナになる』(著・佐藤友美) 『神に

          マイフェイバリット・ブックス・オブ・2023

          マイフェイバリット・フィルムズ・オブ・2023

          今年は映画館で、6本の映画を観た。 どの映画もとても良かったので、備忘録として一言感想とともに順位づけしてみた。 数十年後には、是枝裕和と宮崎駿の新作を同時に映画館で観られたなんてものすごい当たり年だった、と自分自身で回顧するかもしれない。 1位『怪物』(是枝裕和監督) 群像劇と伏線回収と人間洞察がピタリと嵌まり、鑑賞後も引きずって考えさせられる作品に出会えて、今年はもうこの一本で十分と思えてしまった。 鑑賞後にたまたま撮影地の上諏訪に立ち寄る機会があり、聖地巡礼もできた

          マイフェイバリット・フィルムズ・オブ・2023

          お金がない楽しさの先へ。映画『PERFECT DAYS』によせて

          「お金がない」ことは選べずとも「楽しさ」は選べる、と前回に書いたあと、その続きを考えさせるような映画に、年の瀬になって出会えた。 役所広司主演、ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』。 (以下、映画の内容に触れますが、さほどネタバレはありません) 築60年超えの木造アパートで暮らす独居中年の、何も起きない日常をじっくり丁寧に描いている。 夜明けとともに起床し、敷布団をたたみ、植木鉢に水をやり、歯を磨き、髭を剃り、身支度を整え、トイレ清掃の仕事に赴く。玄関を

          お金がない楽しさの先へ。映画『PERFECT DAYS』によせて

          お金がない楽しさ

          お金なら余っている。 昔から努めて、そう口にしていた。 決してお金持ちだったのではない。 欲しいものが多くなかっただけだ。あるいは欲しいものが高くなかったのだ。 20代は実入りの少ない会社員だったが、仕事に忙殺されてプライベートな時間がほとんどなかったので、お金を使う機会もなく着々と貯金ができた。同僚からは不思議がられたが、なんのことはない、プライベートライフが皆無だっただけだ。 失ったものも山のようにある。飲み会や恋愛経験や海外旅行などの人生経験は若いころにもっと積んで

          お金がない楽しさ

          クリスマスを克服した日

          クリスマスが幸せだったことなど、これまでにあったかなと考えている。 子どものころを除くと、まったく難儀でつくづく憂鬱なシーズンだった。 クリスマスの日は、不用意に出かけず、外界の情報も遮断し、クリスマスなど「ないもの」として、自宅で独りでやり過ごすのが常だった。「クリぼっち」の人が自ずとそうしているように。 クリスマスというイベントを憎むほどには拗らせていなかったものの、極力敬して遠ざけたい対象には違いなかった。 今年は、結婚してから初めてのクリスマスイヴを迎えた。 妻と

          クリスマスを克服した日

          6度のクラシック

          この秋、コンサートに6度足を運んだ。 人生最高のハイペースだ。妻が公演を見つけ、毎回誘ってくれたおかげである。 コンソート・ソング、古楽オーケストラ、グリー・クラブ、ヨハネ受難曲、フランス後期ロマン派歌曲、バロック・オペラ。 コロナウイルス禍が明けて、アーティストの公演活動が再開されたのは本当に喜ばしい。 大久保、五反田、荻窪、初台、浦安、王子と、東京のあちらこちらに出向いた。 普段よりもドレスアップして劇場に出かけ、帰りにご飯を食べながら(ぼくはワインかビールを飲みなが

          6度のクラシック

          大谷翔平の、才能を「預かる」力

          35分間の会見を、じっと見ていた。 大谷翔平が世界最高額となる移籍契約で、ドジャーズ入団を発表した。 入団記者会見を見ていて、記者たちの「畏敬の存在」を仰ぎ見るような眼差しをひしひしと感じた。 大谷選手に関しては、その謙虚さとストイックさと負けず嫌いがよく知られているが、天才とは、才能を「預かっている」ことを深く自覚している姿勢なのだと、彼を見るたび思い知らされてきた。 そして、ついに日本からここまで異形の超人(スポーツ・サイボーグ)が生まれたのか、とも感慨深くなった。

          大谷翔平の、才能を「預かる」力