世界を回した日
回し技に憧れて
アラウンド・ザ・ワールド。
世界を回る。
サッカーのリフティング界隈では「跨ぎ」「回し技」とも呼ばれる、まるで曲芸のような技の名前がある。
爪先で空中に蹴り上げたボールを、そのまま脚で跨ぎ、落下するボールを再び脚で受け止める。脚が華麗にボールの周りを回転することから、この名称を冠していると思われる。
ぼくはこの回し技に昔から憧れていた。
部活でサッカーをやっていたころは、できなかった。
サッカーという競技において必須のスキルというわけではなく、リフティング練習のお遊びみたいな位置付けだったので、同級生がこともなげに披露しているのを横目で見ながら、羨望とくだらなさの入り混じった上での微妙な無関心を装っていた。
それから遥かな月日が経ち、唐突に今年の年始からリフティング練習に興じはじめたときも、この技のことは念頭にあった。おぼつかずにボールに触っていながらも、いつかこなれてきたら挑戦してみたいと思っていた。
それはまるでギターのように
ボールを蹴る脚の感覚に少しばかりの自負を取り戻してきたころ、いよいよ挑んでみようと思い立った。近ごろもっぱら頼りっぱなしのYouTubeで、ゼロから段階を踏んで訓練する工程を頭に叩き込む。
教えられた通りにトレーニングを始めて1週間ほど過ぎたころだろうか、何の前触れもなく、唐突に初めて1回成功した。あ、と思った。急に視界が開けたように、要領がわかった気がした。
すぐにもう1回、と繰り返し、10回に1回くらいは成功するようになった。
まだ身体が会得したとは言えないものの、「できる」感覚は身体に残った。
この一歩はとても大きなもので、1回できてしまうと、やがて「できなかったころ」の感覚を無情にも忘れていく。なぜこんな簡単なことが他の人にはできないのだろう?とさえ思えてくる。
同じようなことを、たとえばギターの「Fコード」習得のときにも体験したのを思い出した。
1弦から6弦まですべての弦を人差し指一本で押さえるバレーコードは、初心者が必ずつまずく関門として立ちはだかる。まるで無理筋に思えるような所作なのだ。これは指が弦に食い込む感覚を覚えこませるほかなく、粘り強く練習していくうちにやがて乗り越えられる。一度こなせてしまえば、次はいともたやすく弾けるようになる。
アラウンド・ザ・ワールドもそうした関門の一つだったのだろう。
小さなことだけれど、久しぶりに思い出したこの日の感覚を忘れたくなかったので書き留めておくことにした。世界を回した日。突然視界が開けた歓喜の瞬間。
きょうの一曲
それではどうぞ