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むー^_− ☆
2023年3月25日 18:07
⑫は下のリンクから第三章7.開戦 12月になった。依然として、店長のパワハラは続いていた。僕も結構言われていたが、一番被害に遭っていたのはキッチンのKさんだった。Kさんは、この人、今まで怒ったことあるのか?と言いたくなるほど優しい人だった。店長に何を言われても、ペコペコして謝る。たとえ自分が悪くなくても。 店長からしたら、いいサンドバッグだったのだろう。それは徐々にエスカ
2023年2月21日 03:07
⑩は下のリンクから第一章1.不穏 新しいバイト先。一品の値段は、王将の約3倍。世間一般的に考えると、文句なしの高級中華料理店だ。「また中華かよ! どんだけ中華好きやねん!」 そんな声が、どこからか飛んでくる気がする。いや、これも何かの縁なのかもしれない。 ホールは、男性4人(うち1人は店長)、女性13人。キッチンは7人で、うち1人がアルバイトの女の子。僕と友達
2023年1月16日 17:42
⑧は下のリンクからバイト先を探して就職先を見つけなければいけなかった。といっても、そんな急に正社員で雇ってくれるところは中々見つからず、とりあえずバイトから始めることにした。だが、今まで長期間働いたことがなく、バイト慣れしていなかった自分からすると、働くというのはものすごく億劫なことだった《過去にやったバイトはユニバと海の家(どっちも夏の短期だけ)》。そんな時、高校のころ仲良かった
2023年1月13日 13:54
⑦は下のリンクから初の共通テスト5教科7科目で出願したものの、理科基礎しか受けていない。当時の自分には、とてもじゃないが全教科受ける気力なんてなかった。受験校決定色々考えた結果、第一志望早稲田・第二志望立教の二本勝負でいくことにした。青学も受けるか悩んだが、ダルかったのでやめた。立教大学・文学部(合否)試験当日のことを振り返ろうと思う。一時限目の科目は英語。だがここ
2023年1月12日 13:56
⑥は下のリンクからどの予備校に行くか宅浪は絶対やめとけと色んな人から言われたので、予備校に通うことにした。河合塾は結構楽しかったし、もう一年通ってもいいという気持ちはあった。しかし、ここで問題になってくるのが、やはり学費である。大手予備校の大学受験科は、年間100万近くかかる(医学部予備校は除く)。もちろん、マイナーな塾になればなるほど学費は安くなるが、東大を目指すことを考えると
2023年1月6日 18:27
⑤は下のリンクから現役の時と同じ会場で受験した。まったく勉強していなかった去年とはまるで違う緊張感。数II・Bは解けなさすぎて、逆に時間余った。センター試験成績開示日本史は、80はとれると思っていたが、残念な結果に。倫政は、あの時期から勉強した割にはとれたほうだと思う。国語は、古文でやらかしてしまい、合計で見るとちょうど7割。英語は、本番でも相変わらず9割の壁を超えられず。
2023年1月6日 03:45
④は下のリンクから完成シリーズ(後期)の時間割が発表された。クラスが上がり、早慶合格に向けた授業が組まれた。当時の第一志望は、早稲田大学政治経済学部だったので、日本史は一問一答式から論述の授業に変えた。論述なので京大志望ばかりだった(私立第一志望は自分だけ)。でも、それが逆にいい刺激になった。京大志望ともなれば、勉強に対して積極的な子が多い。少人数というのもあったが、必ず誰か
2022年6月26日 23:37
③は下のリンクから入塾するにあたって、2つの目標を掲げた。①授業中は絶対に寝ない。高校生のころは授業中寝まくっていたこともあって、最初は辛かった。特に、河合塾の授業は一コマ90分だったので、高校の50分授業に慣れていた僕からすると、気が遠くなるくらい長く感じた。②授業は必ず前の席で受ける。前の席に座っていると、当てられたりする確率が高くなる。それでも前の席に座ると決めたのは
2021年3月16日 21:57
②は下のリンクから1学期をもって、担任を辞任しますホームルームで配られた紙には、そう記されていた。彼女が担任を辞めさせられた理由は一つ。授業アンケートの評価が低かったからだ。クラスメイトほぼ全員に嫌われていたので、無理もない。ちなみに、担任の座からは退いたものの、古文の教科担当は彼女のままだった。そういうことがあり、2学期からは新しい担任が就くことになった。担任が変わってから
2021年3月5日 13:27
①は下のリンクから【高1】入学したばかりの頃、僕はこんな目標を掲げた。「中学の同級生と大学で再会する」見返してやろうという気持ちだった。別にバカにされたからとかではない。単純に、「お前、中学の時あんなに成績悪かったのに大学受験頑張ったんやな!」と言われたかっただけなのかもしれない。僕が入学した高校は、大きく分けて4つのコースが存在する。以下、簡単に紹介。詳しい進学実績
2021年2月22日 01:23
来年、東大を受験します。2020年3月、僕は東大受験宣言をした。父はよくわからない大学、母は短大卒と、両親ともに決して高学歴といえる大学出身ではなかった。しかし母は「将来苦労しないように」と、幼い頃から僕に対して異常なくらい勉強熱心だった。七田式教室・公文・日能研・能開など、色んな塾に通わされた。公文では毎年受賞するほどの成績を残し、日能研では灘コースに在籍していた時期もあった。