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百卑呂シの『なんのはなしですか』

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なんのはなしです課長コニシ木の子氏に回収された文章。
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#振り返りnote

試験勉強

試験勉強

 去年も今年も、創作大賞の受付期間中に公開する文章全部に応募のタグを付けた。中身は全く以ていつもの文章である。そういうものだと思っていたが、どうやらみんな、創作大賞用に準備した渾身の一本を以て応募しているらしいと、最近になって気が付いた。

 もう随分昔のことだけれど、中間テストの日程が発表になって、近くの席で女子が二人嘆き出した。一人は随分眼玉が大きくて、よく喋る。もう一人はこれと云った特徴の浮

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居場所

居場所

 横浜のパスタ屋に赴任してから少し経った頃、「喫茶店を探しているんだって?」と店長が言ってきた。店長は自分より三つばかり年上で、柳葉敏郎に似た人である。
 当時自分は、休日にのんびりできる店を探していた。やっぱり観光地だから喫茶店は近くにいくつかある。けれども、観光客ばかりを相手にしているような店では落ち着かない。一人で気軽に入れて小一時間も読書のできる店となると、しっくり来るところは存外ない。そ

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日曜の朝

日曜の朝

 独身の頃に住んでいたアパートは、目の前に大家さんの家があった。大家は七十過ぎの爺さんで、いつも牛乳瓶の底みたいな分厚い眼鏡を掛け、中日ドラゴンズの帽子をかぶっていた。
 話好きな人で、一度喋り出したら容易に止まらない。ただ、早口で滑舌が悪いものだから話の内容が甚だわかりづらい。それで同じ話を何度も繰り返す。「愛知万博に七回行った」という話を一時間で五回聞かされた時には随分閉口した。
 それでも甚

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落下

落下

 ある時、母と祖母と出かけた。自分は小学校の三年か四年ぐらいだったろうと思う。どこへ行ったかは覚えていないけれど、道中で昼食をしに喫茶店へ入ったことを覚えている。
 その店で、自分はピザを注文した。当時は、外食時はいつもピザを頼むことに決めていた。

 まだイタリアの薄焼きスタイルが入って来る以前で、この時分のピザは生地が厚くてかりっとしていた。具はサラミのスライス、たまねぎ、ピーマン、オリーブで

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文を書く

文を書く

 自分の中学校では班ノートというのがあった。班のメンバーで一冊のノートへ毎日順番に何かを書いて、提出するのである。すると先生がコメントを書いて返してくれる。内容は、日記でもその時思っていることでも何でもいい。
 中二の時、詳しくは覚えないけれど何だかちょっとふざけたことを書いて出したら、担任の加山先生から「君の文章は面白い」というコメントが返ってきた。加山先生は国語教師だったから、国語の先生に云わ

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竹藪の家

竹藪の家

 引っ越したばかりの頃、近所を散歩していたら、竹藪の中に家があった。薄汚れた襤褸家で、人が住んでいる様子はない。こういう小屋を見つけた小学生が中を覗いたら母親が首を吊って死んでいたという怪談を思い出して、何だかぞわぞわした。
 それから竹藪の前を通るたび、あの家の中がどうなっているんだろうかと気になって、いつもぞわぞわした。

 ある時、何かの職人がやって来て、竹を全部切り払った。おかげで襤褸家は

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目に付いたやつ(This is NOT Best selection)

目に付いたやつ(This is NOT Best selection)

 スマホにnoteの通知が続けざまに出た。何かと思えば、めぐみティコ女史が自分の記事を紹介してくれて、それに随分スキがついていたのである。
 こんなことになるとは考えなかったものだから、随分びっくりした。どうして自分がと思ったが、きっとこの寿司柄女からは逃れられないのだろう。抵抗して剣呑なことになってもつまらないから、従うことにした。

 毎日随筆をしていると、自分の中での出来不出来がある。だから

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苦しみの行先

苦しみの行先

 ある晩、仕事の帰りにチェーンのラーメン店へ寄った。不味くはないが、特に美味くもない。ありかなしかと問われても、完全にその中間で判断に甚だ困る味だった。
 それから家に帰って寝ていたら、夜中に腹の痛みで目が覚めた。それでトイレへ入ったけれど、一頻り座っていても、痛みの根源が一向表へ現れない。
 そのうちに段々痛みがひどくなって、とうとうまっすぐ座ってもいられなくなった。便座に腰をかけたまま床に手を

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虫と寿司

虫と寿司

 仕事帰りにコンビニへ寄ったら、ちょうど店に入るタイミングで、シャツの後ろへカナブンが入り込んだ。
 パタパタやって追い出したいけれど、店内に虫を放すのは迷惑だろう。しかし、そのためにわざわざ外へ出るのも面倒くさい。結局そのまま買い物をしていたら、支払い中に虫の方から飛び出した。
 これはもう不可抗力で、自分のせいではない。まさか怒られることもないだろうと店員を見たら、果たして気が付いてもいない様

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安芸の宮島

安芸の宮島

 子供の頃、親に連れられて宮島へ何度か行った。
 いつも母が作った弁当を持って行ったけれど、島には鹿がいてすぐに食べ物に寄って来るから落ち着いて弁当など広げていられない。だからあんまり食事をしようという気にもならないのを、親は食べろ食べろと云ってくる。
 食べろ食べろの前に鹿を何とかしてもらいたい。そう思ってみると、どうも鹿の方も自分にばかり寄って来るようだと気が付いた。獣のくせに、特定個人の食事

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沈む船

沈む船

 二十年ばかり前、職場の人間関係が縺れたおかげで随分困った。
 十名足らずの小さな人材派遣会社だった。こんなに小さな中でいがみ合っているのでは、先も知れている。果たして、得意先と結託して同業他社へ移る者が二人現れた。会社はそれで大いに傾いた。

 ある時、帰宅した後で社長から電話があった。
「会社がこういう状態だから、冬のボーナスを出せそうにないの」
 社長は女性である。いかにも申し訳なさそうな調

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猫の声

猫の声

 十数年前のある時、倉庫が人手不足で困っていたから、昼食後の腹ごなしも兼ねて小木さんと出荷作業を手伝った。
 小木さんはもうじき定年を迎えるベテラン営業マンだった。常日頃から酔っ払ったような事を云って場を和ませ、この人がいれば大概の事は何とかなるだろうという心持ちにさせるから、内でも外でも随分好かれていたように思う。

「よぉし、パッパパッパとやってしまおう」
 小木さんはそう言って、ぷぅと放屁し

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崖と利き腕

崖と利き腕

 郷里の町には大きな公団があった。公団の端に隣接して、公民館と駐車場があった。公団は丘の上で、駐車場に面した所は剥き出しの崖になっていた。崖は数メートルで、六十度ぐらいの傾斜になっていたと思う。崖の上はなだらかな斜面で、木が生い茂っている。丘の一部を削って駐車場を造ったらしかった。

 この崖を、ある時福田と登った。どこかで遊んだ帰りだったように思うが、全体どうしてそんなところを登り始めたものかは

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家の中の何か

家の中の何か

 祖父母の家は戦前からあった日本家屋で、今思い出すと随分趣があったように感ぜられる。
 玄関から入って正面が居間、右が大広間、左に祖父の書斎があった。
 小学校に上がる前、呼ばれて書斎に行くと、祖父が机に向かって鼻毛を抜いていた。
「この毛抜でね、こうやるんだよ」と説明しながら抜いて見せ、「やってみるか?」と問うて来たが、痛そうだったから「やらない」と答えておいた。
 祖父はそれから抽斗を開けて、

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