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家の中の何か

 祖父母の家は戦前からあった日本家屋で、今思い出すと随分趣があったように感ぜられる。
 玄関から入って正面が居間、右が大広間、左に祖父の書斎があった。
 小学校に上がる前、呼ばれて書斎に行くと、祖父が机に向かって鼻毛を抜いていた。
「この毛抜でね、こうやるんだよ」と説明しながら抜いて見せ、「やってみるか?」と問うて来たが、痛そうだったから「やらない」と答えておいた。
 祖父はそれから抽斗を開けて、何かの小箱を出した。箱の中には鉛筆を半分に割ったような形の透明な棒が何本か入っていた。ガラスかと思ったが、プラスチックだった。
「これはねぇ、こうして字の上に置いたら大きく見えるんだよ」
「ふぅん」
「それにちょっと線を引くのにも使えるんだ」
「へぇ」
「一本あげよう」
「ありがとう」
 もらったはいいが、あんまり子供が使うような物ではない。中学高校でもあんまり必要ないから、ずっと抽斗でころころしていた。
 四十を過ぎて老眼が進むと、たまに使うようになった。これまで無くさずにいたのが奇跡のようだと感心している。

 自分が小一の時に、祖父は家を建て替えた。
 新しい家は二階建てだった。階段を下から見上げると、歌舞伎役者が片足で飛び跳ねているように見えた。
 もちろん実際にそんなものはいない。しかしその日はずっと、歌舞伎役者が家の内外を飛び跳ねるイメージが頭の中で回っていた。役者ではなく、うしろの百太郎みたいな何かだったろうと思っている。

 その家は、盆や正月に親族が集まると、夜寝る時に家鳴りがした。天井の辺りで随分激しくパシパシ云っていた。
 後からラップ音のことを知って、きっとあれは祖父が喜んで会いに来たのだろうと思ったけれど、よく考えたらみんなで集まったのはまだ祖父が健在の頃だから、きっと違う。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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