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苦しみの行先

 ある晩、仕事の帰りにチェーンのラーメン店へ寄った。不味くはないが、特に美味くもない。ありかなしかと問われても、完全にその中間で判断に甚だ困る味だった。
 それから家に帰って寝ていたら、夜中に腹の痛みで目が覚めた。それでトイレへ入ったけれど、一頻ひとしきり座っていても、痛みの根源が一向表へ現れない。
 そのうちに段々痛みがひどくなって、とうとうまっすぐ座ってもいられなくなった。便座に腰をかけたまま床に手をつき、膝小僧に顔を当てながら呻いていたら、今度は吐き気が襲ってきた。
 急いで体勢を変えて、果たして嘔吐はすぐに完了したけれど、腹の痛みは治らない。結局また便座に座って苦しんだ。
 こんなに苦しいのではもう駄目かも知らん、それにしても自分はこれまで一体何をしたろうか、何を残したろうか、実にくだらない一生だった、と人生の総括に入る一方で、洋式便器と和式便器の設計思想の違いについても考えていた。
 様式は楽だし寛げるが踏ん張りにくい。和式は真逆で、踏ん張りやすいけれど長期戦には向かない。これはきっと享楽的な欧米文化と、勤勉実直な日本文化の違いだろう。しかし、欧米人が享楽的で日本人が実直というのは、何だかいかにも大雑把だ。日本人に対して欧米人というのでは、括りが曖昧すぎる。一口に欧米と云ったって、地域によって随分違うはずだ。
 それよりも、こんなことを考えられるぐらいなら、きっと自分はまだ大丈夫なのに違いない。そう思ったら急に大便がするっと出た。
 これでひとまず苦しみは終わったけれど、あんまり苦しかったものだから、翌日は仕事を休んで医者にかかった。
「ちょっと、食中毒の可能性は低いですねぇ」
「では何ですか?」
「近頃は胃腸風邪が流行ってるから……」
「風邪?」
 あんなに苦しかったものを、ただの風邪で片付けられてはかなわない。
「しかし先生、随分苦しかったのです」
「胃腸風邪の症状です」
「あんまり苦しくて、和洋の便器の違いについて考えました」
「そうですか」と医師は言って、カルテに何やら書き込んだ。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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