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安芸の宮島

 子供の頃、親に連れられて宮島へ何度か行った。
 いつも母が作った弁当を持って行ったけれど、島には鹿がいてすぐに食べ物に寄って来るから落ち着いて弁当など広げていられない。だからあんまり食事をしようという気にもならないのを、親は食べろ食べろと云ってくる。
 食べろ食べろの前に鹿を何とかしてもらいたい。そう思ってみると、どうも鹿の方も自分にばかり寄って来るようだと気が付いた。獣のくせに、特定個人の食事を邪魔するとは随分腹立たしい。殴って追い払おうとしたら、「やめなさい」と止められた。それで鹿との勝負はお預けになった。
 もっとも鹿は鬱陶しくても、くれくれと寄って来るだけだからまだいいので、宮島には猿もいて、猿は下手をすると襲ってくるからいけない。剣呑極まりない。鬱陶しいのと剣呑なのが、どちらも自由に暮らしているようでは、きっと油断ができない。
 自分にとっての宮島はそういう場所だった。

 一度、島の土産物屋で木製のヌンチャクを買ってもらった。同じ店で木刀も売っていた。宮島でそんな物を買わなくたってよさそうだが、どちらもきっと、イキった修学旅行生が買って行くのだろう。
 家に帰ってそのヌンチャクをゆっくり振ってみたら、おでこに当たって随分痛かった。あんまり痛かったものだから、それぎり止した。

 大人になってから、どうかした弾みに一人で行ったことがある。
 この時は焼き牡蠣を食って島の中を散策した。
 鹿は相変わらず大勢いたが、猿は一匹も見なかったので、どうしたかと思ったら、全部捕まえて高崎山へ連れて行ったのだと後から聞いた。それは猿も大変だったろうと感心した。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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