【読書記録】デュアルキャリア・カップル―仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える
今回の読書記録は、2022年に出版されたジェニファー・ペトリリエリ著『デュアルキャリア・カップル―仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』(英治出版)です。
本書『デュアルキャリア・カップル』は2019年、経営大学院INSEAD准教授であるジェニファー・ペトリリエリ(Jennifer Petriglieri)により執筆された『Couples That Work: How To Thrive in Love and at Work』の邦訳書籍です。
『デュアルキャリア・カップルが愛情と仕事の両方で成功するにはどうしたらいいのか?』
このような問いから研究をスタートさせた著者は、26歳〜63歳までの同性婚、事実婚を含むカップル113組(平均年齢44歳)、日本人カップルを含む4大陸32カ国の民族的、文化的、宗教的背景を持つカップルを調査しました。
そして上記の研究から明らかになってきた、デュアルキャリア・カップルが迎える3つの転換期や、その乗り越え方についての知見などについて本書で紹介しています。
デュアルキャリア・カップルの概念は、日本国内ではハーバード・ビジネス・レビュー2020年2月号にて取り上げられたことで大きく注目を集めるようになりました。
本誌の中には、以下のような興味深い論考が収録されています。
また、本書『デュアルキャリア・カップル』の出版に際して、英治出版オンラインでは序文及び第1章の一部が公開されています。
以下、本書を読んでの印象的な気づき・学びについてまとめていきます。
デュアルキャリア・カップルとは?
デュアルキャリア・カップルの定義
本書で言う『デュアルキャリア・カップル(Dual-Career Couples)』とは「二人がともにキャリアを持つカップル」を意味し、著者ジェニファー・ペトリリエリもまたデュアルキャリア・カップルです。
また、デュアルキャリア・カップルの持つ「キャリア」は本書内では「連続性のある専門的な仕事、あるいは経営に関する仕事で、積極的な関与を必要とし、何らかの形で発展していくことの見込まれるもの」を意味しています。
これは、キャリアがカップル双方にとって働くことにおける継続的なプロセス(過程)といった従来の意味を超え、自身のアイデンティティの確立や自分らしい生き方をする上で重要な要素として捉えているためであり、それゆえキャリアが常にカップル生活を送る上で影響するためです。
デュアルキャリア・カップルの研究
本書の基礎となった研究『Secure-base Relationships as Drivers of Professional Identity Development in Dual-career Couples』は、著者であるジェニファー・ペトリリエリと組織行動の研究者でバース大学教授のオティリア・オボダルー氏(Otilia Obodaru)によって行われました。
また、この研究後にペトリリエリは26歳〜63歳までの同性婚、事実婚を含むカップル113組(平均年齢44歳)、日本人カップルを含む4大陸32カ国の民族的、文化的、宗教的背景を持つカップルの事例を集め、以下のようなテーマについての研究を継続しました。
デュアルキャリアカップルは長年の間にどう成長するのか?
どんな課題に直面するのか?
2人の関係はキャリアにどう影響するのか?
この研究の後、ペトリリエリは2018年に『Talent Management and the Dual-Career Couple(邦題:人材戦略はパートナーの人生まで配慮せよ)』と題した論文をハーバード・ビジネス・レビューに寄稿しています。
そして、2019年の『Couples That Work(邦題:デュアルキャリア・カップル)』出版のほぼ同時期に、『How Dual-Career Couples Make It Work(邦題:デュアルキャリア・カップルが幸せになる法)』を同じくハーバード・ビジネス・レビューに寄稿しています。
なお、2019年の『Couples That Work(邦題:デュアルキャリア・カップル)』出版時には、リンダ・グラットン氏、アダム・グラント氏のほか、16年間で1000組以上の夫婦を面接、そのうち650組の夫婦を14年間追跡調査した成果から『結婚生活を成功させる七つの原則』を執筆したジョン・M・ゴットマン博士が推薦の辞を送っています。
3つの転換期
自身の研究から著者は、デュアルキャリア・カップルには特有の人生の浮き沈みのパターンがあり、それらは3つの転換期として見ることができるとしています。
そして、その都度発生する新たな課題に向き合い、 うまく切り抜ければ2人の関係は一新されより深い段階に進むことができる、と著者は述べています。
第1〜第3の転換期は、おおよそ以下のようにまとめられています。
また、転換期にあるカップルの状況について、著者は以下のように述べています。
デュアルキャリア・カップルと現代社会
ここからは、本書を読み進める中で浮かび上がってきた、デュアルキャリア・カップルを取り巻く社会や、そもそもデュアルキャリア・カップルが成立する前提について見ていきたいと思います。
共働きカップルの増加傾向
デュアルキャリア・カップルがなぜ、注目を集めつつあるのか?
それは、共働きのカップルの増加傾向にあります。
著者は以下のような資料を引きつつ、北米やヨーロッパにおいて2人が共に働いているカップルは65%を超え、その数は毎年増え続けていることを示しました。
では、日本の場合はどうでしょうか?
令和5年版厚生労働白書-つながり・支え合いのある地域共生社会-を参照すると、働き手の男性と専業主婦で構成される世帯が減少傾向にあるのに対し、共働き世帯数は年々増加していることが見て取れます。
このように、2人が共に働いているカップルの増加により、双方のキャリアと人生が密接に関連しており、デュアルキャリア・カップルの実際や、デュアルキャリア・カップル特有のプロセス、パターンについて知る重要性が増してきていると考えられます。
2人の心理や社会からの圧力
ペトリリエリの著した『デュアルキャリア・カップル』の中で頻出した表現が、「心理や社会からの圧力」という表現です。
原著の『Couples That Work』では「psychological and social forces」と表記されているこの表現は、転換期を迎えたデュアルキャリア・カップルの選択や意思決定、価値観に大きく影響を与える「心理や社会からの圧力」として、何度も本書中で言及されています。
私たち一人ひとりには、それぞれが生まれ育った環境によって形作られてきた価値観が存在し、これらはデュアルキャリア・カップルの転換期においては互いの持つ理想の家族像の違いや、ジェンダー観による仕事や家庭における双方の役割期待の違いといった形で現れ、時に葛藤を生み出します。
社会的な文脈では、女性の社会進出が叫ばれ、現実として共働き世帯が増えている一方、結婚や妊娠を機に女性は長期休暇ないし退職することが暗黙の了解として受け取られている場合があります。
また、「結婚して所帯を持つことや、子どもを持つことで一人前」など、人の働き方や人生を左右するさまざまな価値観が家族、組織、社会の中で入り乱れています。
こうした「心理や社会からの圧力」は、働く一人ひとりやデュアルキャリア・カップルの間で日々、あるいは転換期に葛藤を生み出します。
こういった前提が、本書を通じて流れているように感じられました。
人生の転換期と現代の通過儀礼
もう一つ、本書の前提となっている考え方として見て取れたのは、「人生の転機では、目に見える出来事の変化だけではなく、それに伴って内面の変容が起こる」というトランジション(Transition)の考え方です。
デュアルキャリア・カップルに限らず、一人ひとりの人生で起こる就職、結婚、転職、出産、引越し、死別などの転機には、大きな内面の変容・トランジションも伴います。
トランジションとはある種の死と再生であり、それ以前の古いやり方やアイデンティティと決別し、新しいアイデンティティとやり方を見つけていくプロセスでもあります。
しかし、働き方や働く場所が自由になり、数世代が同居する形から核家族へといった家族のあり方の変化が進んだ上、VUCAと称される社会情勢も合わさって、私たちにとって変化することは常態化しました。
このため、人生における変化を受け止め、内面の変容を遂げるトランジションをうまく経ることができなかったり、トランジションの存在は忘れられたり、といったことも起こりつつあります。
アメリカの著名な著述家、教師、コンサルタントであるウィリアム・ブリッジズ(William Bridges)は、上記のような社会情勢を鑑みつつ、部族社会における通過儀礼(rites of passage)の研究から人生の転機における人の内面の変容、トランジションのモデルを体系化し、『トランジション―人生の転機を活かすために(原題:Transitions: Making Sense of Life's Changes)』にて広く紹介しました。
この人生の転換期における内面の変容については『デュアルキャリア・カップル』でも触れられており、ブリッジズと同じくペトリリエリもまた、オランダ人文化人類学者アルノルド・ヴァン・ジェネップ(Arnold van Gennep)に触れつつ、以下のように紹介しています。
転換期を乗り越えるヒント
ここからは、『デュアルキャリア・カップルが愛情と仕事の両方で成功するにはどうしたらいいのか?』に関して、本書を読み進める中で見えてきた2点について簡単に紹介します。
なお、本書は著者が本文中で述べているように、カップルが具体的にどんな選択をし、どんな人生設計を採用すべきかではなく、どうやったら最もうまく転換期を切り抜けられるかという部分に焦点を合わせています。
そのため、以下の2つのアプローチを試してみた後、どのような選択をするかはそのカップル次第、そのカップルを取り巻く状況次第だと想定されます。
2人の重要事項を見える化する
デュアルキャリア・カップルの研究を進める中で著者は、うまくいくカップルはどちらか一方が何かを暗黙のうちに決めたり、どちらかがもう1人の犠牲になったりせず、人生の選択をオープンに、一緒に行うという傾向を見出しました。
そして、選択をオープンに一緒に行うことを助け、迷った時に立ち戻れる共通の基盤づくりのため、二人の協定づくり(couple contracting)という体系的なツールを作り出しました。
二人の協定作りは3つの分野……価値観(Values)と限界(Boundaries)と不安(Fears)についての徹底した話し合いからなり、共通の基盤を見つけることで2人で進む道の方向と境界がわかると言うものです。
著者もまたパートナーであるジャンピエロ(Gianpiero)と共に、上記の要素を二人でメモ帳に書き出すという行為を通じて、二人の協定作りの発見に至っています。
また、2人にとっての重要事項を書き出し、見える化し、対話するという点については、『結婚生活を成功させる七つの原則』著者ジョン・M・ゴットマン博士の愛情地図(Love Maps)にも共通する要素に思われました。
パートナーの好きなもの、嫌いなもの、恐れているもの、悩み事、大切な思い出、将来の夢、信頼できる相談相手、愛情表現の仕方……そういったものを描き出した愛情地図は、カップルが直面する困難を乗り越えると共に、互いの人生を豊かにするための、文字通り地図と呼べるものです。
2人で転換期の問いに向き合う
最後、デュアルキャリア・カップルがそれぞれのキャリアも、2人で歩む人生も手に入れていくために重要な要素が、2人で転換期の問いに向き合うというものです。
本書中には各転換期ごとに中心となる問いの他に、いくつかの問いが散りばめられていたり、各章ごとにさまざまなカップルの試行錯誤のエピソードも紹介されています。
その中で、二人の協定づくり(couple contracting)をはじめとする価値観の共通基盤を築き、その上で私たちがどうありたいか?どうしていきたいか?等の問いに2人で向き合うことが、転換期を乗り越えるポイントとなります。
また、パートナーとのコミュニケーションの注意点として、著者はジョン・M・ゴットマン博士の成果も引きつつ、2人の関係性を崩壊させる4種類のコミュニケーションについて紹介しています。
『結婚生活を成功させる七つの原則』では4つの危険要因、「組織や人の関係性を対象にしたシステムコーチング(Organization & Relationship Systems Coaching)」というコーチングの流派では「関係の四毒素(the four toxic behaviours)」、ゴットマン博士本人の表現では「Four Horsemen of the Apocalypse(黙示録の四騎士:キリスト教圏における4つの厄災の訪れ)」などと称される、危険な4つのコミュニケーション。
その、2人の関係性を崩壊させる4種類のコミュニケーションとは、以下のようなものです。
非難(criticism)
侮辱(contempt)
自己弁護(defensiveness)
逃避(stonewalling)
また、本書では触れられていないものの、自身と相手の得意な愛情表現の方法の違いを知る上で、ゲーリー・チャップマン『愛を伝える5つの方法(原題:The Five Love Languages)』も参考にできるかもしれません。
本書では、人が得意とする愛情表現の形はそれぞれ異なっており、大きく5つに大別できること、そしてその5つの言語の詳細について紹介されています。
5つの愛の言語とは、以下のようなものです。
肯定的な言葉(Words of Affirmation)
クオリティ・タイム(Quality Time)
贈り物(Receiving Gifts)
サービス行為(Acts of Service)
身体的なタッチ(Physical Touch)
上記のような4種類の危険なコミュニケーション、5つの愛の言語を知ることもまた、2人で転換期の問いに向き合うための関係性の土台づくりに重要な役割を担ってくれるように思います。
終わりに
私が本書『デュアルキャリア・カップル』を手に取ることになったきっかけは、大きく2つありました。
1つは、私たち夫婦が対話の場づくりや組織変革のプロジェクトの伴走支援を生業とし、集団やチームの関係性についての探求を公私にわたって実践してきたこと。
もう1つは、素敵な友人夫婦であるお二人の開く11月22日の集いに、2年前からご一緒してきたことです。
結婚して6年目に入った私たち夫婦は、私たちがクライアントへ提供してきたさまざまなコミュニケーションやファシリテーションの手法を自ら実践し、その意図や願いを汲み取り、体現していくことを大切にしてきました。
そして、2人の共通の関心事として、家系という家族システムがもたらす個人への影響と、それらをどう紐解き、健全な状態へ導いていくことができるか?についての探求も独自に続けてきました。
私自身は、三重県伊賀市という地方都市に、4世代家族の長男として生まれました。
そして、4年前の父との死別を機に、家業であった米作りを事業承継し、4世代にわたる家族システムや家系によって形作られてきた慣習、コミュニケーションのあり方などを引き受け、向き合うこととなりました。
家族は人にとって最も基本的な集団であり、そこで培われる価値観は仕事やお金、人間関係に至るまでさまざまな領域に影響を及ぼしうるということ、そして、家族システムや家系にアプローチし、一人ひとりがより幸せに向かえるように変容していくには、数年ではなく数十年に及ぶ時間が必要だということも痛感しました。
このような長い時間軸を見据え、腰を据えて向き合っていこうと志を共にしつつ、一方で私たち夫婦2人としての豊かさ、楽しさ、幸せも大切にしたい。
そんなことを考えている中で、先述のふたりにカンパイ!などの場で素敵なパートナーシップを築かれている皆さん、パートナーシップや人と人の関係性をより良くしてこうと取り組まれている皆さんとご一緒してくることができました。
現在の私たちは、本書でいうところの第一の転換期を越えたあたりかもしれません。また、数世代にわたる家族システムや家族経営のビジネスに関する言及は『デュアルキャリア・カップル』にはないものの、本書を読み進める中で、こうした数年間の私たちカップルのあり方を振り返ることができたように思います。
よきパートナーシップや人間関係を築いていく上で役立つアイデアとして、最近ではソース原理(Source Principle)も加わりました。
ソース原理とは、イギリス人コンサルタント、コーチであるピーター・カーニック氏(Peter Koenig)が提唱した人の創造性・影響力の発揮と継承、創造的なコラボレーションに関する知見です。
ソース原理を初めて国内に紹介することなったトム・ニクソン氏(Tom Nixon)の著書『すべては1人から始まる(原題:Work with Source)』は日本の人事部「HRアワード2023」書籍部門にて入賞しました。
そして、2022年の夏。私はトムとの対話の中で、このソースの継承と家業の事業承継について対話し、手触り感を持って理解を得ることができました。
さらにソース原理は、個人の創造性の発揮に止まらず、創造的なパートナーシップを築くことにも言及しており、現在も仲間たちと探求を続ける中で学びを深めているところです。
今回、私が『デュアルキャリア・カップル』を読み解く中で紹介してきた参考文献や関連書籍の叡智や、今まさに邦訳準備中の書籍や著者とのご縁など、一人ひとりが幸せに生きていくためのアイデア、豊かな関係性を築くための手法・哲学、これからの数世代・数十年に影響するアプローチには、紹介したいものや、わかちあいたいものはまだまだたくさんあります。
これまでご縁をいただいた皆さんとは今後とも、より一層豊かになっていけるような機会をご一緒し、今回、最後までこの読書記録を読んでくださり、かつこのようなテーマにご興味もあるという方は、ぜひまた何かの形でご一緒していける機会があると嬉しいです。