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【書籍紹介】リジェネラティブ・リーダーシップ―「再生と創発」を促し、生命力にあふれる人と組織のDNA
2025年1月22日出版の『リジェネラティブ・リーダーシップ』(英治出版)を本書の翻訳・出版チームの長谷部可奈さんにご恵贈いただきました。ありがとうございます!
近年、持続可能な社会に向けて「サステナビリティ(Sustainability)」「リジェネレーション(Regeneration)」といった考え方が広がっていますが、本書はそれらに共有されている自然界や生態系との調和のための叡智をリーダーシップ・モデルとして体系化し、紹介されている稀有な一冊です。
本書『リジェネラティブ・リーダーシップ』は2019年7月に出版された『Regenerative Leadership』の邦訳書籍であり、私自身も原著を取り寄せて読み進めていました。
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今回は、リジェネラティブ・リーダーシップ(Regenerative Leadership)と私の出会いを振り返りつつ、国内における本書の邦訳出版に至るまでの流れを概観し、本書を取り巻く文脈を紐解いていきたいと思います。
Regenerative Leadershipとの出会い
米農家の事業承継
まず、私が人間の活動に伴う環境破壊や気候変動の流れを逆転させ、森林・土壌・海などの生態系の再生や持続可能な経済・社会活動へのシフトなどをめざす「サステナビリティ」や「リジェネレーション」といった概念に強く惹かれるようになったきっかけは、2020年初頭の地元・伊賀の米農家の事業承継でした。
曽祖父の代から受け継がれてきた土地に向き合っていると、米作りを行う田んぼにはさまざまな生物たちが棲息していることがわかります。
まず、農作業中のトラクターが走った後にはセキレイやカラス、スズメが掘り返された土中の生き物を捕食しようと飛んできます。
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また、我が家の田んぼは鹿の通り道になっており、何度も鹿が通るうちに獣道が轍になっていたり、夜になると鹿の群れに遭遇したり、ごく稀に鹿の死骸も見つかったりします。
農閑期の田んぼに入って石拾いをしていると、水路から流れ込んだタニシの殻と共に投げ込まれた空き缶、ペットボトルが見つかることもあります。
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そして、田植えが近づき、水を引き込む頃になると冬眠から覚めたヘビが水路や田んぼの中に入って獲物を探し始め、田植え後はオタマジャクシやカエルが田んぼ内で繁殖し、夜になればカエルたちの大合唱が辺り一体に響きわたります。
自然や土地との一体感で言うと、地域の神社前にある我が家の田んぼで苗を手に取り、泥に足を踏み込んで手で苗を植える時……その瞬間に土地と神仏、ご先祖様たちの営み、苗、私の手が一体となって新たな生命を育む営みに参加しているという自覚が呼び覚まされ、えも言われぬ感動があります。
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そして、収穫。
その年一年の成果を確認できる瞬間であり、黄金色に染まる田んぼを眺め、無事に収穫作業を終えてみると、家族四世代にわたって続いてきた営みを今年も果たすことができたと感じられ、喜びもひとしおです。
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現在の私は、家業の米農家と複数のセクターや利害関係者の集う場のファシリテーター、ここ最近では専門誌での連載や書籍の翻訳協力などにも取り組んでいますが、家業の事業承継は間違いなく、現在の私を形作る上での大きな出来事でした。
現在の私の取り組みに関しては、ありがたいことに「事業承継ラボ」というメディアで取り上げていただくこともできました。
振り返ってみると、父から農業を継いだことで、以下のような意識や感覚が私の中に深く根づいたように思います。
・私の事業承継に至るまでの、数世代にわたる時間感覚
・自然環境と人間の健全な共存のあり方を模索する意識
・数世代分の時間や営みを受け継ぎ、次世代へ受け渡す意識
・知識・設備・資源・環境だけではなく、人々の想いや物語を「遺す」こと
なお、ここまで家業の米作りのプロセスを紹介する中で、「除草剤や化学肥料を使う慣行農法じゃないか!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
その通りです。
そして、だからこそ、「サステナビリティ」や「リジェネレーション」を考える際に難しさも感じます。
除草剤と化学肥料を使い、トラクターによって耕すなどを行ういわゆる慣行農法は、私たち人間が飢えに困らないため、食糧の安定供給のために形作られてきたシステムです。
そして、このシステムは農業を取り巻く機械産業やエネルギー産業、飲食産業、戦後の日本の高度成長、海外の国々とのパワーバランス、地域社会の変化等、複数の領域や要因が密接に絡み合いながら、数十年以上かけて構築されてきたシステムでもあります。
自然農法に取り組む友人や、環境活動・気候変動対策などに取り組む知人らとの交流の中で、事業承継間もない私自身は葛藤も抱える日々でありました。
そうした中で出会ったのが、ポール・ホーケン編著『Draw Down(ドローダウン)』、『Regeneration(リジェネレーション)』と、それらの翻訳・出版や普及啓発を行うイニシアチブであり、後に一般社団法人ワンジェネレーションを設立する皆さんでした。
Regenerationとの出会い
私が「リジェネラティブ」あるいは「リジェネレーション」に触れた一番最初のきっかけは、ポール・ホーケン編著『リジェネレーション(Regeneration)』(山と渓谷社)の読書会への参加です。
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この読書会を主催していたのは、一般社団法人ワンジェネレーションの読書会運営チームでした。
一般社団法人ワンジェネレーションは、アメリカの起業家であり環境保護活動家のポール・ホーケン氏(Paul Gerard Hawken)が立ち上げ、プロジェクト・ドローダウン(Project Draw Down)に共鳴し、書籍『ドローダウン』の翻訳・出版のクラウドファンディングおよび、ドローダウンの普及啓発から始まった団体です。
プロジェクト・ドローダウン(Project Draw Down)は、世界22カ国70名の研究者と120名のアドバイザーの参画により、温室ガスの放出を抑える・吸収する100の方策の特定と、それらを実施することによって2020年~2050年の30年間でどれくらいの効果を上げられるか?のシミュレーションを行いました。
ポール・ホーケン氏が用いる「ドローダウン(Draw Down)」という語は、「大気中の温室効果ガスの濃度がピークに達し、前年比でマイナスに転じる時点」を指し、地球温暖化の逆転に向けた意志を表現する独自の用法となっています。
なお、このドローダウンのプロジェクト及び日本語訳書籍の出版に際しては、現在、The Weekという名称で環境保護プロジェクトに取り組み、ビジネス文脈では『ティール組織(原題:Reinventing Organizations)』著者として知られるフレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)が応援メッセージを寄せています。
2020年12月の『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』(山と渓谷社)出版に引き続き、2022年3月に『Regeneration リジェネレーション 再生 気候危機を今の世代で終わらせる』(山と渓谷社)が出版され、私が参加した『リジェネレーション』読書会は2022年5月よりスタートしました。
全20回・毎週日曜日の朝に開催するという読書会に私も継続的に参加し、ワンジェネレーションの皆さんとも交流を続けていく中で「Regeneration(リジェネレーション)」についての理解を深めていくこととなりました。
また、ポール・ホーケン氏がファウンダーとして立ち上げたProject RegenerationではNexusという、気候危機と地球の生態系の再生に取り組む世界で最も包括的な解決策と課題のリストを作成・更新し続けており、こちらも重要な情報リソースとなっています。
日本語でも閲覧可能ですので、ぜひご覧ください。
Regenerationとは?
ここまで、Regeneration(リジェネレーション)についてポール・ホーケン氏が創始したプロジェクトを中心にその概念や取り組みについて見てきましたが、Regeneration(リジェネレーション)の概念は2010年代以降、建築、農業、サーキュラーエコノミー(Circular Economy:循環経済/循環型経済)などさまざまな領域で言及されつつあります。
農業においては、アウトドア企業として知られるパタゴニアが推進するリジェネラティブ・オーガニック(環境再生型有機農業)が、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)との関連事例としてよく取り上げられています。
サーキュラーエコノミーの重要性及び概要については環境省、資源エネルギー庁などがそれぞれ紹介していますが、Regeneration(リジェネレーション)との関わりでは、2010年に設立されたエレン・マッカーサー財団(The Ellen MacArthur Foundation)によるサーキュラーエコノミーの三原則で知られています。
サーキュラーエコノミー推進のための国際ネットワークの構築や情報発信、学習コンテンツの提供に取り組むエレン・マッカーサー財団(The Ellen MacArthur Foundation)は、以下のような三原則(three principles)を表し、その1つにRegenerate nature(自然の再生)について言及しています。
The circular economy is based on three principles, driven by design:
・Eliminate waste and pollution
・Circulate products and materials (at their highest value)
・Regenerate nature
このようにRegenerationはさまざまな領域・分野で取り上げられる、2010年代以降に広がってきた比較的新しい概念ですが、こういった領域の探求を進めている中で出会ったのが、Regenerative Leadership(リジェネラティブ・リーダーシップ)でした。
Regenerative Leadershipとは?
Regenerative Leadershipは、デンマーク・コペンハーゲン出身のサステナビリティ及びリーダーシップの専門家であり、国際的な活動家のローラ・ストーム氏(Laura Storm)と、イギリス・オックスフォードシャー出身で組織とリーダーシップの意識変容を支援するアドバイザーであるジャイルズ・ハッチンズ氏(Giles Hutchins)が提唱したリーダーシップ・モデルです。
2019年7月に出版された『Regenerative Leadership: The DNA of life-affirming 21st century organizations』は、これまでの2人の探求の末の叡智をまとめた書籍であり、本書の特設ページも開設されています。
『Regenerative Leadership』の邦訳書籍『リジェネラティブ・リーダーシップ』(英治出版)を引くと、以下のような表現でこの新しいリーダーシップ・モデルについて紹介されています。
本書が提唱する「リジェネラティブ・リーダーシップ」は、時代の急激な変化や高まる複雑性に適応しながら、自然環境と調和した新たな未来への道筋を切り開くリーダーたちの実践や在り方をもとに、生命システム論に根ざした独自のリーダーシップモデルとして体系化されたものです。
組織をバラバラの部品からなる「機械」ではなく、相互につながり合う「生命システム」として捉え、あらゆるステークホルダーの生命の繁栄を大切にする。そして、自身の内面や生命感覚に深くつながりながら、自分たちを取り巻く外部システムの活力や森羅万象が相互につながりあう自然界の動態への感度を高め、呼応し、システム全体の創発的な変容を促していく。
こうした創造的な再生者(リジェネレーター)としてのリーダーの役割は、ビジネスや仕事と言う範疇にとどまらず、あらゆる状況において、私たちがどのように自分や他者、世界と関わり、生きていくのかという問いと向き合うことを意味します。
私たちが今向き合うべき問いは、次のようなことです。
どうすればこの困難な状況を打開(ブレイクスルー)する、新たな方法を推進できるだろうか?
どうすれば自分たちが危機の真っ只中にいることを自覚し、行動を起こすことができるだろうか?
どうすれば人々が生きる実感を取り戻し、組織が活力に溢れ、生態系が繁栄していくような未来を支えるリーダー、すなわちリジェネラティブ・リーダーへと変容していくことができるのだろうか?
なお、本書の著者であるローラ・ストーム氏(Laura Storm)、ジャイルズ・ハッチンズ氏(Giles Hutchins)はそれぞれ『Regenerative Leadership』特設サイト内にてご自身のこれまでの人生の旅路について綴ってくれています。
2人の人柄やバックグラウンドも伝わるストーリーですので、ぜひこちらもご覧ください。
以上、私とRegenerative Leadershipの出会いを追ってきましたが、私自身の探求は一度ここで中断となり、今回の『リジェネラティブ・リーダーシップ』の邦訳出版によって再びこのリーダーシップ・モデルと出逢い直すこととなりました。
では、2019年以降、Regenerative Leadershipはどのように国内に紹介されてきたのでしょうか?
以下、参照できる情報をもとに『リジェネラティブ・リーダーシップ』の邦訳出版までのプロセスを辿っていこうと思います。
国内におけるリジェネラティブ・リーダーシップの広がり
国内におけるRegenerative Leadership(リジェネラティブ・リーダーシップ)の紹介および普及啓発は、人と自然の関係性を問い直し、これからの時代の人間観やビジネスの在り方、社会実装の方法論を探索する領域横断型の共異体であるEcological Memes及び、Ecological Memesの発起人であり代表を務める小林泰紘さんが中心となって進められてきました。
『リジェネラティブ・リーダーシップ』翻訳者である小林泰紘さんは、2019年4月にデンマーク・コペンハーゲンの国立公園で『Regenerative Leadership』著者2人に出会った時のことを以下のように振り返られています。
「豊かで持続可能な社会づくりを目標に掲げていたとしても、リーダー自身が内なる生命と調和していなければ、本当に必要な変容は起こっていかない」
2019年春、私はデンマークの首都コペンハーゲンにある国立公園で本書の共著者であるローラとジャイルズに出会いました。2人が主催したワークショップで冒頭の言葉を聞いたとき、「こんなにも自分の世界観と共鳴し、その知恵をビジネスで活用できるように体系化している人たちがいる!」と感銘を受けたのを今でも覚えています。
そして、2019年末。小林さんはIDEAS FOR GOODによるインタビューの中でご自身の活動のEcological Memes及び『Circular to Regenerative(循環から再生へ)』という表現や「リジェネレイティブ・リーダーシップ」について語られています。
国内により広くRegenerative Leadership(リジェネラティブ・リーダーシップ)を紹介していく取り組みとしては、2019年11月の原著をアクティブ・ブック・ダイアローグ®︎(ABD)という手法で読み解く読書会の実施以降、本格化していきます。
2019年11月のABD以降、読書会は継続的に実施しつつ、Ecological Memesは著者2人へのインタビューを実施し、そのインタビュー動画を日本語字幕付きで公開しました。
その後、14週間のオンライン・ジャーニープログラム『Journey of Regeneration』実施を経て、2021年3月には4日間にわたってEcological Memes Forum2021が開催されました。
Ecological Memes Forum2021のDay2には「リジェネラティブ・リーダーシップ - 自然の叡智と再生型のシステム変容 -」と題して著者の1人・ジャイルズ・ハッチンズ氏が登壇され、この時の様子は以下の記事にて紹介されています。
また、2021年は株式会社森への山田博さんをプログラムナビゲーターに招いた体験型リーダーシップ・プログラムを初めて実施し、これ以降、Ecological Memesは経営者向けプログラムの開催、遠野、千葉、屋久島とリジェネラティブ・リーダーシップをテーマとしたプログラムの開催を重ねていきます。
『Regenerative Leadership: The DNA of life-affirming 21st century organizations』の翻訳・出版チームもまた2021年に立ち上がり、今年2025年1月に『リジェネラティブ・リーダーシップ―「再生と創発」を促し、生命力にあふれる人と組織のDNA』として英治出版より出版されることとなりました。
現在、本書のfacebookページ、facebookグループ、そして特設サイトも開設されている他、リジェネラティブ・リーダーシップの叡智を広げるためのクラウドファンディングのプロジェクトも進行中です。
振り返りを終え、再び探求の旅路へ
以上、Regenerative Leadershipとの出会い、国内におけるこれまでのリジェネラティブ・リーダーシップの広がりを見てきました。
今回、アクティブ・ブック・ダイアローグ®︎(ABD)を活用した読書会や自然経営研究会などの場でもお世話になり、ご縁のあった長谷部可奈さんから本書をご恵贈いただいたことで、私自身の奥底の何かが呼び起こされ、結果的に本書『リジェネラティブ・リーダーシップ』に関するまとめが書き上がりました。
本書の帯にある『人も自然も犠牲にしないビジネスと組織をどう実現するか?』という問いは、私自身、5年前の米農家の事業承継以来、田んぼや地域と向き合いながら考え続けてきたテーマであり、本書との巡り合いを機に改めて意識され、眠っていた思いやエネルギーが呼び覚まされたような感覚です。
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地元・伊賀の米農家の事業承継を経て、「Regeneration(リジェネレーション)」という概念に出会って以降、私の中にはずっと、ある一つの問いがありました。
地球規模の環境の変化や再生へのアクションと、私たち一人ひとりの生活の両者を結びつけることへの難しさはどういったところからくるのだろう?
この難しさには、地球規模の時間と私たち人間の時間の感覚の違い、環境再生に必要となるアクションと私たちが今(!)起こせるアクションのスケール感の乖離、日々の生活とそれらを支える経済システムを意識する習慣の少なさ……などなど、他にもさまざまな要因が考えられるかもしれません。
そうした中でも、もしかしたら『リジェネラティブ・リーダーシップ』の叡智は、それらの間を繋ぐヒントになりうるかも……?と感じています。
そして本書が現在、国内外で活動中のさまざまなサステナビリティや環境活動、新たなビジネスや経済の形を模索するイニシアチブの中で、どのように受け入れられていくか?どのような協働・共創が生まれていくのか?も気になるところです。
まだまだ手に取ったばかりで、本書の叡智を身体化・習慣化していくには時間がかかりそうですが、おそらく焦って頭で理解を進めようとするのではなく、日々の実践に活かしてこそのものだろう、とも思います。
この記事をご覧いただく中で『リジェネラティブ・リーダーシップ』や私自身に関心を持っていただけた方がもしいらっしゃれば、日々の実践や対話の場をご一緒しながら探求を深め、次世代により良い組織・コミュニティ・社会・環境を遺していくための仲間になっていけると嬉しいです。
さらなる探求のための参考リンク
なぜ今、リジェネラティブ・リーダーシップなのか?─小林泰紘さんによる「訳者まえがき」全文公開
【日本語字幕付き】『リジェネラティブ・リーダーシップ』日本語版刊行にあたってのメッセージ(共著者ジャイルズ・ハッチンズ 氏)
Regenerators
Regenerative Leadership Book: The Dawn of a New Leadership Logic Geared for the 21st Century
レポート:ホールシステム・リーダーシップ探求ワークショップ―個人と組織の「変容」を探求する合宿
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