【5000字無料】 SFとゲームの世界を現実化する野望——イーロン・マスクの伝記を読む(1)
*Kindle Unlimitedでもお読みいただけます!
以下の本を紹介します!
八角 イーロン・マスクの伝記が出たよ! ということで、上巻を読みました!
しぶたにゆうほ(以下「しぶ」) ぼくも上巻を読みました。
イーロン・マスクの顔に出迎えられる
八角 イーロン・マスクは、1971年生まれ、南アフリカ出身の、アメリカで活躍している起業家、実業家。設立に関わった企業として、例えば、決済サービスの「PayPal」、ロケット開発の「スペースX」、電気自動車の「テスラ」、人工知能の「OpenAI」……
しぶ 改めて並べるとすごいね。しかも、単に話題性があるというだけじゃなくて、経済にしても物理的な移動にしても、現代文明の根幹に関わるような事業ばかり。
八角 そんなイーロン・マスクの伝記が出ましたよ、ということですね。ビジネスパーソンの間で盛り上がっているし、そもそもどこの本屋にいっても大量のイーロン・マスクの顔に出迎えられるという状態なわけだけれど……。
しぶ 世界初の、イーロン・マスク公式の伝記ということになっているね。
八角 日本国内に限ると、名言を1つずつ貼っていくというような本があったり(『イーロン・マスクの生声』)、似ている本として最近訳された分厚い本があったでしょう。
しぶ 『創始者たち』かな。あれはPayPalの始まりを描いた群像劇で、イーロン・マスク以外にも色々な人が出てくる。でも、似ていると言えば似ているね。
八角 そうか、あの本は群像劇なんだ。このイーロンの伝記も、イーロンが中心にいるとはいえ、群像劇っぽかったね。なんというか、伝記なんだけど、あんまりこういうタイプの本は読まないから新鮮だった。
しぶ アメリカのノンフィクションって感じだよね。ライターがいっぱい情報を調べて、素材を全部使うぐらいの勢いで書くみたいな。伝記と相性良いなあと改めて思ったな。あと、これは別の話だけど、「シリコンバレー本」みたいなジャンルも1つあるよね。そういうジャンルのファンも一定数いると思う。
八角 ビジネスの実例とかで結構使われるんだろうね。
しぶ 実用的にもそうだし、エンタメとして、若い起業家たちが時代の最先端で奮闘する物語自体が面白いという需要もありそう。
八角 さらにビジネスになると、そこからどうにか何か得るものがきっとあるから、そこから何か学んでやろうというギラギラした感じになるって感じ。
しぶ 本の具体的な内容についてはどうですか。
八角 イーロン・マスクの言行録という感じだったよね。彼が言ったこと、考えたこと、行ったことが、彼を体現している、という書き方だったね。彼の一挙手一投足みたいなものを見ることで、彼のことがよく分かるようになるという。普通、「イーロンは宇宙人だ」とかってレッテルを貼ってしまうけど、そうではなく、人間は複雑なので幾つかのレイヤーにして考えるという発想。こういう見方は、イーロンのようにレッテルを貼られがちな人間を扱う方法としてはとても良いなと思った。
しぶ 結論が第1にあるっていうよりは、出来事の記録の断片とか、いろんな人の証言みたいなものから、全体が立ち上がってくる、というふうになってるね。
八角 だから、最初からレッテルを貼らずに多層的に見るということは大事、なんだけど、それはそれとして私たちは、「じゃあ、それを踏まえた上でイーロンはどういう人間なんですか」とか「どうしてイーロンがビジネスを成功させることができたんですか」ということを知りたくなる。
しぶ たしかに、レッテルを貼るのが短絡的で良くないとしても、「断片の集積から1つの形を描く」というのは全く別のことで、重要なことだよね。
八角 じゃあ、そういうスタンスでこの本から読みとったことをしゃべって行きますか。
資源がないなら宇宙行く
八角 まずイーロンは、今までの偉大な哲学者や思想家がそうしてきたのと同じように、もっと巨視的に、マクロに考えている。例えばなぜイーロンが、宇宙開発だのPayPalだのTwitterだの(今はXですけど!)にこだわるか。彼はこう考えたと思うんですよね。「地球上でいろんな争いや不幸が起きている、それはきっと貧しいからだ」。貧しいっていうのは単純に資源が足りないっていうこともあるし、あるいは何か無駄なことが多いからかもしれない。
しぶ 資源が足りないのをどうにかして、無駄なことがあるからそれをなくせばいいと。
八角 資源のほうから言うなら、地球上の人間がを満たすだけの資源が地球上に存在するか? という問題。いわゆる「宇宙船地球号」問題だよね。でも、「私たちの地球の限りある資源」とか言うんだったら、別に地球以外から持ってくればいいじゃん、っていう風にそりゃ思うわけですよ。論理的に考えればそうなる。だからイーロンはそれをやっている。それはそう、非常によくわかる。
しぶ 彼にとっては物理的なフロンティアがあるということだよね。
八角 そうなんですよ。なぜわれわれ希望がないかっていうと外側がないからですね。だから、ちゃんと本当に外側に持ってくる。完全にブルーオーシャンだから、そりゃあそこさえやったら金になるわよって思う。ただ、そこまでに巨額の投資も要るし、技術も追いついていかないといけないので、それ含めてできるって踏んでやってるんだろうなって。仮にできなくてもやるんだろうけどね。
しぶ 資源がないから取りに行く。移住するのも、土地を含めた火星の資源で人類が生きるということだから同じだよね。
無駄があるならつぶしてく①SFの発想
八角 そう、それが資源の話で、次が無駄なことがあるからそれをなくすという話。つまり、ロケットで宇宙に行けたとて、例えば決済だったり通信手段だったりっていうことが、国だったり何かしらの理由によって邪魔されるっていうことがある。それが無駄だと思ってるんだよね。ゲームでいうところのリージョン制限のようなものが。
しぶ 君の国には売りませんよ、みたいなやつね。
八角 今だったら、大流行の「スイカゲーム」が海外でプレイできなくって、それでも遊びたいから、そのために日本のアカウントを作ってるらしいよ。
しぶ そういうリージョン制限が邪魔だなあと思う感覚と同じように、例えば地域ごとに貨幣や通信手段が異なっている状態を邪魔だなあと思っている、ということ?
八角 それでPayPalとかTwitterとかって発想になる。こういう、無駄なことがあるからそれをなくす、という発想でイーロンが引っ張ってきているのは大きく2つ、「SF」と「ゲーム」なんだよね。2つで1つと言ってもいいんだけど。
しぶ SFやゲーム的な世界観の関わり合いについては、メタバースについての記事でもかなり話したね。
八角 そう。いま現実に目指されてるものとか、できているようなものって、SFでもう既に描かれているようなものなので、「SFを古典として現実化している」と言っていい。だから宇宙に行くってなるのも当然。SFはサイエンス・フィクションだけど、スペース・フィクションとも言われるからね。
しぶ マーク・ザッカーバーグにしても、ジェフ・ベソスにしても、この手の実業家の人たちは、みんなSF好きだよね。
八角 SFはそもそもとして、その性質上、すごい極限状態でかつ人間ドラマなんだよね。その意味で、SFはとても聖書的。だからそれこそバイブルになりやすい。
しぶ 終末的だし、そして人間がいる。人間が生きている今の世界のどこかの変数をめちゃくちゃ極端な形にまでグイーンって持ってた時に、人間はどうなりますかっていう実験室みたいな感じだよね。
八角 だから非常に純粋状態で、社会学の扱うような「社会」っていうものを全く前提としてないんだよね。すごく理系的で、近代的。人を歯車の1つとして見ている。だからカントというところの「理性的人間」として……つまり例えば日本で生きていくときに成人として想定されている能力を持った存在として、画一的に人間を想定しているということ。加えて、「とはいえ、人間なので感情があるので、それだけだと問題が起きますよ」っていう、この極端な2つしかない。近代的理性的人間と、その近代の中ですでに問題にされていた「でも、こういうのあるじゃん」ていう感情的人間。近代主義的でモデル化しやすい。
しぶ 社会や実存を描くSFもあるとは思うけど、描きたいテーマが先に来るだろうから、各人がモデル化された人間になりやすいというのはそうなのかもしれない。
八角 つまり何が言いたいかっていうと、彼はSFをバイブルにしていて、その近代的な人間観、しかも極限の状態における理論値で考えているんだから、そりゃ宇宙にも行くよっていう話ですね。
無駄があるならつぶしてく②ゲームの発想
八角 もう1つがゲーム。このゲームっていうのは非常に大事で、ゲームで何が重要とされるかっていうと「イライラしないこと」なんだよね。「面白い」ことも重要だけど、「イライラしない」ってのは非常に重要なんですよ。「イライラしない」って何かって言うと、「ロード画面が短い」とか、「話が無駄に長くない」とか、「すぐに素材がいっぱい売れる」とか。「装備の付け替えが簡単」とか「プリセットみたいなのが付いてる」とか「ファストトラベルができる」とか「思った通りに動く」とか「すぐ動く」とか、とにかくそういう「無駄を省く」っていうほうに行く。で、この話は何かって言うと通貨の統一です。非常に重要なことは、ゲームでは基本的に通貨はひとつしかないです。
しぶ PayPal!
八角 ゲームは通貨1個なんですよね。そうじゃないゲームももちろん探せばあるだろうけど、私が知っているゲームは通貨は単一。複数ある場合には「ポイント」とか、通貨とは違う概念を使う。だから通貨そのものは単一になるんですよ。これは非常にゲーム的な発想だと思う。本来、通貨っていうのは貨幣から持ってくるわけだけれど、貨幣の質のよさがその国の強さっていうことがあったから、「良い貨幣=強い国」なんだよね。だからわざわざ金貨とか銀貨にするわけで。でも現代、もう取引しか存在しない場合には、物理的な貨幣っていうものを必要としていないから、つまり「使えればいいだけ」っていうふうになる。するとどうなるかっていうと、ゲームと同じことが起きるんですよ。PayPalみたいな単一の通貨という発想になる。
しぶ この世界の通貨がモノである必要を失って行った結果、ゲームに限りなく近づくと。
八角 ゲームには何かそういう政治的なもの無いからね。それから、もう1個あるのがファストトラベルの発想ね。テスラの発想。
しぶ 確かに、渋滞が嫌だからトンネルを掘ろうみたいなところが印象的だけど、まさに移動を短縮しようという感覚なわけか(370〜373頁)。
八角 物理的に運転することを、本当に無駄だと思ってるね。「思ったら通りに行く」っていうのがいいわけ。確かに運転が楽しいって人もいるわけだけれど、それは趣味的なところが大きい。ほとんど大多数の人間は運転する時間が無駄だと思っているから、その無駄を省くっていうこと。トンネルも直線で通るし、車も爆速で走るし、しかもそれを自分でコントロールする必要はないっていうんで、自動運転にする。非常に分かりやすい、合理的。
しぶ なるほどね。
八角 ……というのが、SFとゲームという2つのバイブルによって推し進められた。「でも、なんでそれがうまくいったんですか?」っていうのは、ひとえに彼の努力と情熱と、あと環境のおかげっていうことだね。非常に時勢が良かったっていうのはあると思いますね。
しぶ たしかにそうかもね。時代、地域的な環境についても、後半あたりで少し話そうかね。
【自由】 自由を求めたわけじゃない
しぶ この、無駄を省いていくっていう発想は、何か自由を求めてるってことでもあるのかな。
八角 いや、自由とかじゃない。そういうことじゃないと思う。そういう思想的なものはなくて、本当に邪魔だと思っているだけだと思う。
しぶ ただ楽に……ってこと? でもそれも自由ってことじゃないかな。
八角 違う。自由っていうのは「◯◯からの自由」っていう発想でしょう。
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