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【5500字無料】 誰でもレポートが書きはじめられるの!?——『リサーチのはじめかた』を読む
*Kindle Unlimitedでもお読みいただけます!
*新刊紹介を起点としたダイアログのシリーズです。
*本の紹介をしたり、感想を話したりしながら、より広く、哲学思想の考え方や面白さにも触れることができるような記事を目指しています。
(書誌情報)
トーマス・S・マラニー+クリストファー・レア、安原和見(訳)『リサーチのはじめかた』筑摩書房、2023年
Youtubeショートでも紹介しました
自己からはじまる研究生活
八角 黄色い! 山吹色だ!
しぶたにゆうほ(以下「しぶ」) きれいな表紙だよね。
八角
株式会社「遊学」の代表。
京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
哲学をやっている。
しぶたにゆうほ
株式会社「遊学」の一員。
京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
専門を尋ねられると、大学では「数学基礎論」、大学院では「宗教言語論」と答えていた。
八角 『リサーチのはじめかた』。
しぶ この本を今日は紹介します。直接的には、研究者・院生・学生に向けて書かれた本だけど、もっと一般的に、勉強したり調べたりする人が読んで役に立つ本だと思います。仕事にも使えそう。おすすめです!
八角 リサーチって何?
しぶ 研究とかも調査とか。文献探したりとか。この著者の二人は、アメリカの研究者なんだけど、大学生相手に、「どんなふうに研究すればいいか」みたいな授業をやったんだと。だけど、研究の細かいやり方とかはたくさん教えられるんだけど、そもそもみんな「自分が何を研究したいか」分かってないので、そこでつまずく。
八角 そりゃそうだ。
しぶ そういうわけでこの本が書かれた。だから原題は「Where Reseach Begins」、つまり始まる場所、ここから研究が始まるという場所なんだよね。
八角 どこから始まるの?
しぶ 目次を見ると、2部構成になってて、第1部が「自分中心の研究者になる」、第2部が「自分の枠を超える」。自分からスタートして、外に行くっていう発想になってる。
八角 自己が前提とされているんですね。
しぶ 自己が前提とされているんです(笑)。
八角 近代主義的だね。
しぶ 近代主義的とも言えるかもしれないけど。ここはけっこう大事なところでね、思うに、学問研究って「自己じゃないもの」が強すぎると思うんですよ。
八角 自己と他者を強く意識してるからそういうことになるよね。
しぶ 他者ですらなくて、「世界」とでもいうか。
八角 そこは全部「他者」でいいよ。他者は必ずしも強い人間を指すとは限らないから。
しぶ もちろんそうだけど。とにかく、真面目に学問研究すると、どうしても「自己」なんてものがない世界観になりがち、という感覚がぼくにはあるんです。
八角 分野によっては、論文では「I」を使わずに「we」を使いましょうと言われたりするしね。
しぶ そう、私ではなくて人類の研究集団としてやるという発想だよね。で、経験的にもそうなんだよ。「◯◯学では◯◯をこう分類する」みたいな色々と細かい知識が身についてきたり、「こういうことに気をつけましょう」とかがどんどん身についていって、もちろんそれはいいことなんだけど、だんだん「自分が本当に何が関心があったのか」みたいなことを忘れてしまう。
八角 うん。
しぶ この本もそういう視点から書かれている。順番が逆なんだと。まず自分が先にある。もともとみんな、自分の問題関心みたいなのは持っている。だからそれを思い出すような仕方で再発見して、それを軸として調査研究を進めていこうっていう方針なんですね。だから「自分中心宣言」から始まる(18〜19頁)。これは非常に良いんじゃないかと思いました。おすすめ!
マニュアル的!
八角 うーん。この本は学生向けって言ってたけど、例えば学部1年生とか2年生とかに「自分が本当にやりたいことをまず探してね」「思い出してね」って言ってもわかんないよね。そもそもとして、それはどうなってるんですか?
しぶ それはいい質問ですね!
八角 あ、はい。
しぶ まさにその通りで、いきなりやりたいことを書くことはできない。この本のいいところは、徹頭徹尾マニュアル的に書かれていることなんですよ。何もないところから「じゃあやりたいことを書いて!」みたいにはなってなくて、めちゃくちゃマニュアル的に書かれている。
八角 マニュアル的というのがわからない。
しぶ 例えば最初のほう(53〜64頁)だと、
興味のあるものをいくつか書き出す
いくつかを検索する
検索結果を眺めたり、いくつかクリックして目を通したりする
その検索結果に対して、自分の心や身体がどう反応したかを観察する
というような流れを指示されるんだけど……。
八角 それがマニュアル的ってこと?
しぶ というか、もっと具体的にマニュアル的なんだよね。まず目次を見るとわかるんだけど、どの章どの節にも「やってみよう」っていう項目がある。例えば、1章の「やってみよう」は、「自分自身を検索する」。ここではまず興味のあることを、適当でいいからいくつか書き出せ、と指示される。
目標:一次資料の検索結果を用いて、そのテーマのうち自分にとって最も関心のある側面を把握し、その関心に基づいて問いを作成する
しぶ ここだけ見ると抽象的だけど、これはあくまでも目標。実際にはそのあと、もっと具体的に◯◯しなさいって指示がある。最初のところを読むと……
1 興味がある研究テーマをなんでもいいのですべて書き出そう。どれだけ広範なテーマでも構わないし、複数でもまったく問題ない
八角 教育的なのね。ハウツー本だ。
しぶ そうそう。こんな調子で、まず興味のあることを、適当でいいので大量に書き出したら、そのうちのいくつかをネットで検索させる。ここで面白いのは、検索結果を使って研究を始めよう、というふうには進まないところ。
八角 どう進むの?
しぶ この本では、その検索結果を1つ1つ見たときに、「自分の心や体がどのように反応したかを観察しろ」と指示される。で、検索結果から「なんとなくいいと思ったもの」を書き出すよう言われる。これはまだ序盤の序盤だけど、こんな感じで誰でもできる手順を順々にこなして行くと、最終的には自分のやりたいことを説明できるところが説明できるようになっていると。
自分の興味はどこにある?
八角 「検索結果を見て、自分の心や体がどのように反応したかを観察しろ」ってのはどういうこと?
しぶ 検索結果をぼーっと眺める、もしくはいくつかクリックして中身を見てもいいけど、そのときに「何となくこれは見たときにテンション上がるけど、これは別にテンション上がらないな」みたいなプリミティブな、生理的な反応があるわけだよね。その反応を全部観察する。これって、難しく考え込まなくてもできる作業だよね。つまり、何もないところから、あなたの興味のコアを考えてみましょう! とか言われても困るけど、とりあえず思いつくことを羅列して、適当に検索して、大量に全部の検索結果を見て、それで自分の反応を見ることならできる。
八角 「これ面白いなー」とか?
しぶ 「面白い」と言語化すらされなくても、「ちょっとでも長く目に留まるのはどれか」とか、「身体がどのように反応しているか」みたいなこと。
八角 なるほど。
しぶ そういうのが1個ずつ手順として書いてあるわけ。で、だんだん絞り込まれていって適当に10個くらいの項目が選ばれてきたら、今度はそれに対して質問される。
その項目から何を思い浮かべますか
あえて推測するなら私はなぜこれに目を留めたんでしょうか
この検索結果を見た時どんな問いが心に浮かびますか
というような(61〜62頁)。このあたりも答える内容がはっきりしてるから迷う余地が少ないよね。その答えを自分でメモりながら、指示通りに進んでいくみたいな感じなんですよ。白紙を目の前にして「好きなことを書いてくださいね」とかはやらされない。やることが具体的に多い。これが非常に良いと思った。
八角 いいね。
しぶ もう1個面白いのが、今のはどっちかっていうと、「ポジティブなものを探しましょう」って発想だよね。でも面白くないものってのが世の中に大量にあるわけだよね、自分にとって。「こんなん見ても全然面白くない」みたいな。普通は面白くないならスルーするけど、この本は気にする。逆に「自分が何を面白いと思うか」が分かるという発想の転換をする。「退屈を手掛かりにする」(64〜69頁)。退屈するところがあったら注目だ! と。この友人の対話の例とか面白いよ。
八角 「このあいだ論文を読んだんだけどさ、いろんな会社の経営構造を比較して、どんな構造が職場の満足度と生産性に最適の条件を生み出しているかっていうんだ」「うわー、すっげえ退屈。そんなの研究するやつの気が知れない。」(66頁)。非常に重要な点は、そういう友達がいないとそんなシチュエーションは起きないってことだけど……(笑)。
しぶ あと、その職場の研究面白そう(笑)。とにかくね、会話する相手がいなかったとしても、大量に検索とかして適当に結果を見るとさ、大半は面白くないわけだよ。それは馬鹿にしてるわけじゃなくて、自分が純粋に面白いと思うものっていうのは非常に限られてるからね。研究に限らず、ネットの新聞記事とかブログとか何でもいいわけだけど。自分の関心を見失うみたいなことって多いので、こういう支援は役立つ人が多いんじゃないかなと思ったんだよね。趣味でも仕事でも使えそう。
八角 でも思ったんだけど、ここで一番重要なことは何かって、まず最初に大量に読んでおかなければなりませんってことだよね。それができないかも。
しぶ いや、読むって言っても検索して出てきた論文全部みっちり読むとかそういうことじゃないからね。なんとなくタイトル眺めて…とかでもいいし。身体の反応とかを観察するのが目的だから、別に内容が何も分からなくてもいい。
八角 そっか。じゃあいいのか。
「はじめかた」の終わり
しぶ ちなみにこの本、最後の第6章が「はじめかた」で終わるんだよね。「いや、始まってなかったんかい!」と。今日見ただけでも、ああしろこうしろ、何かのメモしろみたいな指示がいっぱいあることがわかると思うんだけど、6章にたどり着く頃には机の上になんかメモが大量にあると。だからそれを全部貼りつけて編集するところから始めれば、白紙と戦わなくていいぞ! という感じで、執筆の手助けもされると。
八角 つまり、タイトルに『リサーチのはじめかた』って書いてあるけれど、「いつリサーチを始められますか」っていうと、「6章までいくと始められます。なぜならば、今までの手作業の中でいっぱい素材があるので、それをくっつければ、まあどうにかなるだろう」。
しぶ そうそうそうそう! 「はじめる」だからね! 完成させるとは言ってないからね。「はじめ」られるんです。
八角 いいじゃん。大体さ、何かを始めるときって、最初のハードルが高すぎるんだよね。その点、ハードルが高すぎなくていいね。
しぶ 自分でトップダウンに何がやりたいかって言える人はいいけど、そうじゃない人は、「とにかく手を動かすことはできる」っていう状態を利用して始めた方がいいってケースがあるからね。
八角 この本を読みつつ、手を動かせば、考える段になった時にはもう考えるための素材が、しかもある程度洗練されているものがあるので楽ですよと。いいじゃん。
一次資料をどう読むか?
①シリアルの箱
八角 この表(128〜132頁)は何?
しぶ これ面白いよ。「シリアルの箱」の話。一次資料をどう扱うかという話に出てくる例みたいなものなんだけど、例えば「シリアルの箱」を一次資料だと考えるとして……
八角 どういうこと? 資料の具体的な情報1つ1つがシリアル1つ1つに対応するの?
しぶ いや、そういうメタファーではなくて、ええと……とりあえず中身のシリアルのことは忘れて箱に注目してください。そういう意味では、映画のチケットでもいいし、スーパーのチラシでもいいんだろうけど。
八角 じゃあチケットにしてほしいな。アメリカだからシリアルなんだろうな。
しぶ シリアルの箱を読む50の方法。シリアルの箱にまず50個の気づきがある、と著者は言います。
八角 50個もないよ。
しぶ あるです。例えばバーコードに注目するとか、栄養表示に注目するとか、箱の形に注目するとか。いろんな観点があるよね。そういう気づいたことをバーッと書くと。そうすると各側面についての問いとか関心事っていうのが次々出てくる。そうすると、この複数の問いとか関心事とかっていうのは全部、次元がばらばらというか、学問分野がばらばらな問いになるはずなわけだよね。
八角 うん。それが何の例なの?
しぶ シリアルの箱は一次資料の例です。歴史学なら史料だし、文献学が扱う古い文献でもいいし、何か扱いたい事例の記録みたいなものでもいいけど、「この資料が、何の一次資料かということに50パターンぐらい考えられますよね」っていうこの人は例に出してるわけね。一次資料っていうのは、分野によって扱いとか全く違うわけだよね。
八角 気づいて、問いを出す。それで?
しぶ 次にこの問いについて、「シリアルの箱と並んで一次資料になるものは何か」を考える。どういう市場かが確定してはじめて、競合他社が考えられるというのに似ている。つまり、最初の捉え方が変われば、何と比べるべきかが変わるよね。
八角 他の食品のパッケージの絵を見たりとかね。
しぶ そうそう。ここで出ている例だと、箱の素材の「紙」に注目して、「どんな木材が使われているか」という問いを立てた場合は、他の木材由来の製品が必要になる、とかね。ただ1つのシリアルの箱について、それを「どういう意味における一次資料として見るか」ということが複数考えられる。
八角 シリアルの箱の構成要素みたいなものを考えて、その構成要素が他のシリアルの箱ではないものにもあるでしょう、それを考えましょうねってこと?
しぶ そうそう。
八角 シリアルの箱のバーコードだったら、それはバーコードは他の商品とか、郵便とかにもついているいし、栄養バランスだったら、チョコレートの箱とか、他の食品にも書いてある。そういうものを一次資料として見ることもできるんじゃないでしょうか、っていうふうに言ってるのね。
しぶ そういうことです。
八角 ……無理じゃない?
しぶ あれ!?
②人文系の資料で逆引きはできるのか?
しぶ えっと、ぼくはこれ、すごく納得しちゃったんだけどな。ダメです?
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