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珠玉集

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心の琴線が震えた記事
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#短編小説

短篇小説『十月のアネモネ』

 町とも呼べぬ町。  ヒトが軀も心も生きられる最低限だけ揃えたふうな、錆びつき朽ちゆく町に。  たいした幅のない、しかし果ての知れぬ水路を境界線として、森が、たかく、厖大に、そびえている。  午后3時。薄曇の空をはんぶん、夜にしてしまうかのように。  葉の1枚も落ちない常緑樹の森って、こんなにも暗い、黒黒としたものだったろうか。緻密且つダイナミックなちぎり絵のように葉は無数に繁り、膨らみ或いは垂れさがり、気の遠くなる樹齢であろう魁偉な幹たちとともに空間を埋め、周囲迄も影

掌篇小説『紙のドレスを着た女』

 ホテルへ向かう。 「部屋の鍵を開け放して待っている」  と云う、男のところへ。「○○ボーリング場のすぐ南だから」  公衆電話からの回線によるか当人の資質か、くぐもって如何にも後ろ暗げな声による道案内はそれだけで、スパイでもあるまい、只のどこにでもころがる既婚者だろうに追われるように切れた。  私は《昔アイドルみたいなプロボウラーがいたんだっけ?》とぼんやり思うぐらいでボーリングなんて男みたいに球を片手で持てないし遊ばないから『○○ボーリング場』も知らないし、外は地球がイ

掌編小説|てっぺん

 じわと滲むように、その一部は湿り気を持った。かかる圧が強ければ強いほど、体の奥に潜み機をうかがっていたものは、ここぞとばかり膨張して外に出ようとする。  そんなに圧を高めたら体に悪い。魔物は平気な顔をして皮膚を突き破る。  わからないかなあ。もう、今となっては少しの傷でも治りにくいんだ。  べたべたの体で街を歩きたいかね。醜い破裂を繰り返す体が、煌めく十二月の街にふさわしいと思うかい。そういう美意識の低さ。情けない。    寝ていると思っていた。しんと静まった夜だ。野獣の

私のお母さん

 朝、おにぎりを作っていると、お母さんが起きてきて言いました。 「ゆいちゃん。何してるの?」  お母さんはキッチンに入ってきて、お弁当箱をのぞき込みました。 「まだ見ちゃだめだよ」  私は慌てて近くにあった鍋のふたでお弁当をかくしました。 「ね、それってもしかして私に?」  そう言われると照れくさくて、私はお母さんに背中を向けてうなづきました。 「ゆいちゃん、だから早起きしてたんだ。やだあ、なんか涙出ちゃう」  お母さんが泣いているような声を出したので、私は「早く準備しないと

短編小説「毛むくじゃら」

 わたしの家には毛むくじゃらがおります。それはそれは大きくて、歯をにっと剥き出しにして笑うのです。機嫌の良いときはさらさらと風に身を任せて踊り、機嫌の悪いときはその歯を牙のように尖らせ、ごうごうと音を立ててわたしを怯えさせるのです。  真夜中というのはあまりに恐ろしく、謎めいたものでありました。というのも、このころはまだまともにオイル・ランプすら出回っていなかったのですから。そんな時代につねにわたしの人生に居座りつづけたこの毛むくじゃらは、ただひたすらにわたしを怖がらせました

『透明』315-5123

僕が送った名前も住所も書かれていない手紙は 届く場所を探し彷徨ったあげく 溜息と共にこの小さな郵便受けに帰ってくると そう思っていた。 なのに 手に握りしめられた僕宛のこの手紙は 何故、僕の元に届けられたのだろうか。 『透明』  窓際に腰かけて、僕宛の手紙をじっと見つめる。送り主欄には「芥田しづこ」と書かれていた。住所は書かれてはおらず、見覚えのある郵便番号だけが名前の下に小さく浮かぶ。陽に翳してみると、薄い便箋が二枚少しづれて折られていた。  先週僕は、一年前に僕の

なりたがる金魚(短編小説)

 他を知らないので、そしてあまりにも自分と違っているので、それが美しいのかどうか、私には少しの見当もつきませんでした。  それでも何故だか惹かれて、つい目で追わずにいられなくなるその毛並みを、私はいつもいつもガラスのこちら側から眺めていました。    彼はいつものびやかでしなやかで、仕草や行動のひとつひとつがとても優雅に見えました。  私には想像のつかないほど広い、この古びた屋敷の中を、彼はまるで自由に動き回っていました。    私はと言えば、縦も横もあっという間に終わってし

アルキオーネ星人の憂鬱(#シロクマ文芸部)

 木の実と葉をいくつか採取した。  とても興味深い植物だ。  私はこの地球に送り込またばかりだが、徐々にミッションをこなし続けている。  その中に地球の植物を採取すること、特に被子植物の採取だ。  我が母星のアルキオーネ星には被子植物は存在しない。  被子植物とは、地球に存在するどんぐりや穀類など殻や皮で胚珠がくるまれている植物のことだ。  特にどんぐりや栗など、堅い殻にくるむことで乾燥や病原菌から防ぎ、発芽の速度を適切な環境や季節になるまで意図的に遅らせている。  植物であ

閏年の帰還(#シロクマ文芸部)

 閏年の2月29日は、仲間たちが約束の地で集結することになっている。我々は太古の昔から、ここ地球に送り込まれ、地球上の生物の頂点に君臨する人間を観察する為に、人間社会に溶け込んでいる。  私は日本のK大学に通う学の体を共有することで、日本の若者を研究対象とすることにした。人間の体を共有するといっても、研究対象となる学の活動を邪魔するものではなく、主に学が睡眠中にある状態で、彼の潜在意識の中で実験や研究を進めている。学にとっては、朝目覚めた時に「変な夢を見たな」とか「怖い夢だっ

短篇小説『雅客』

 目醒めて、わかりました。天から地へひとすじのすきまより僅かな陽のさす、蒲団にくるまれている分にはいつもと何ら変らぬ朝でしたが、私にはわかるのです。主人が隣に眠るのも忘れ、闇をつきやぶるように障子を、建付けのわるい雨戸をひらきました。雲の残り滓もない好天でしたが、その青と澄んだかがやきを繋ぎあうように、木木を田を畠を、離れあった家の屋根屋根を、丘を、純白の雪がつつんでおりました。  私は逸る胸をおさえながら、化粧台の前掛けをはらいくすんだ鏡を見すえ、髪を、着物を、この日だけの

初秋に想う 〜秋ピリカGPに応募してみた雑感〜

■秋ピリカGP「秋ピリカグランプリ」は、ピリカさんが主催されているnote企画で、界隈では有名な企画。ただ私は今回が初参加で、この企画を知った理由も「たまたまタイムラインで応募した方の記事を見たから」でした。 ピリカグランプリはテーマと文字数縛りがあり、今回のテーマは「紙」で文字数は1200文字。「面白そう!」と言う、単純な興味半分で参加したわけであります😅 ■自作紹介ってことで、特に深く案を練ることもなく、思いつきでサラサラ〜と書いて応募。適当に書いたわけじゃないんで

掌編小説|初恋は契りて

✧✧✧   大学に進むために上京して、一年と三ヶ月が経とうとしていた。初めのうちは気の合う友人もできず、憧れたキャンパスライフは思うようにならなかった。それがこのところ、毎日とても楽しい。始めたばかりではあるが、テニス同好会に気になる人が出来たのだ。少人数で構成されたこの同好会は紹介制で、同じ学問を専攻している女友達に誘ってもらい、私もメンバーの一人になった。 「東です」  その人は私の目を真っ直ぐに見てそう言った。少し古風な雰囲気は一昔前の映画俳優のよう。周りの男の子

ビリビリの愛をくしゃくしゃに込めて【#秋ピリカ応募作品】

私が3秒、目を離した隙に。 くしゃくしゃに丸まったソレを、翔が飲み込んだ。 「あ、だめ!」 私は叫び、翔の小さな口から、なんとかソレを吐き出させた。 オエッ! 翔が吐き出したのは、美しい虹色の紙だった。本来はもっと美しかっただろうソレは、涎と、さっき食べたバナナが入り混じって、薄黒く汚れていた。 「華!」 私は彼女をすぐさま呼びつけた。 「コレ!華でしょ!?」 華はリビングの隅で、また折り紙を引き裂いていた。さまざまな紙を引き裂き、おもちゃ箱にため込むのが彼女

余白の神様 #短編小説

 夏。僕は「豚の警察」という本をお母さんに買ってもらった。読んでいて、僕はだんだん腹が立ってきた。話のすじ自体は面白いのだが、余白があまりにも多すぎるのだ。上下、左右、そして段落の間の余白が。 「なんだよ、これ。1760円もするけど、ぼったくりじゃん。余白をぎゅっと縮めたら、半分になるよ。そしたら880円で買えるのに」  僕は本の最後に印刷されている出版社の電話番号に電話した。 「はい、夏耳社でございます」 「こんにちは。中学一年の近藤貴志といいます。あの。『豚の警察