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珠玉集

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心の琴線が震えた記事
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2024年1月の記事一覧

白梅を想う

 お昼時に抜けて役所と銀行に行く。銀行とは13時にアポイントなので、役所で印鑑登録証明書を取ったあと、やや急ぎ足で向かった。冬晴れで白い陽射しに街も明るい。けれど、空気はとてもつめたくて、アイスグレーのたっぷりしたシャギーニットマフラーに顔をうずめて歩く。  お待ちしておりましたと、恭しく、奥のすりガラスで囲まれた小部屋に案内された。お飲み物は、と聞かれたので日本茶を所望した。担当者を待つわずかな間に、銀行で働くというのはどういう気分であろうか、と想像を巡らす。  何かに

ツーベンリッヒは嘘をつく

 スカーバッカス、通称『スカバ』  生徒たちが、連日「もう飲んだ?」と囁き合う。 「私、昨日行ったんだけど、お店が開いてなかった」 「え、私は先週ついに入れたよ」 「そうなんだぁ。私、あの味が忘れられないのにもう行けないのかなー?」  どうやら、その日によって、入れる客と入れない客がいるらしい。 「まっすぐ家に帰りなさい」と生徒たちに指導している手前、そのスカバが一体どんな店なのか、気になって仕方がないのだけれど聞き出せずにいる。飲み物を提供しているのは間違いなさそうなのだが

かの人よ朝けの風にかをる梅

🫒今年も短歌を学びたいです noteで短歌に出会いました。自分で詠むことになって、参考図書として手をつけたのは万葉集でした。高校までの教科書や資料集で、心惹かれたのをおぼえていたからです。 防人に徴用されて、こどもを置いてきた人が存在したとわかります。この歌を最初に私が目にしたのは小学生だったとおもいます。そんなことがあったのかと、とても怖かったです。 こどもは何よりも大切。歴史や民俗、人の息遣いが伝わるような短歌が好きです。そうして自分で拙い短歌を詠みながら、とき

自分らしい音楽の記事について(600記事節目投稿)

be one's self  最近は、投稿数減少傾向が顕著なんですが、まあ、細々と記事を積み重ねながら、ようやく  600記事目となりました!  節目となった記事では、自分自身のことを書くようにしているので、今回は、自分の記事の中で、最も投稿数の多い「音楽」関係で、特に "自分らしい" と思う記事について "note" していきたいと思います。 +  +  +  +  +  + 「音楽マガジン」の登録は246記事  全599記事の約4割を占めているので、私の "n

【時事考察】漫画の実写ドラマ化をめぐる不幸を二度と繰り返さないために、いま、わたしたちが考えるべきメディア論と公共哲学

 漫画家・芦原妃名子さんが亡くなった。ここ数日、ドラマ化した『セクシー田中さん』を巡るトラブルがSNS上で話題になっていたので、最悪の結末として、多くの人がどう受け止めていいのかわからないままでいる。  実態とは違うかもしれないが、あくまで、わたしがSNSの動きを見ていて感じた経緯を以下に記していく。  表に出ていない情報もあるだろうし、わたしが確認できていないこともあるはずなので、なにが原因で誰に責任があるかを判断することはできない。また、下手に推測することは二次被害に

大江健三郎の「親密な手紙」は、これからも続く。

岩波新書から2023年の10月に発売された、大江健三郎の「親密な手紙」を読んでいる。読んでいると表現したのは、過去形にしたくない気持ちがまだどこかに存在するからだ。 大江健三郎は、私の読書の核にいて生涯追い求めたい遥か先にいる。あらゆる角度から事象を表現し、本当の救済を訴える。 初期の短編からの変遷を辿ると、文体の大きな変化、革命に近いものに気付く。大江健三郎から私が得た「小説」という形は、「事実」として捉えても構わない、そこの線引きは必要ないことだと、それよりも、声が届

エッセイ | 神田すずらん通り(PASSAGE BY ALL REVIEWS)

土曜日のこと。人間ドックを終え、その足で神保町へ向かった。 🐾🐾🐾 10時前に神保町に到着。 健診後なのでとにかく腹ぺこ。まずはなにか食べたい。 「神田すずらん通り商店街」に入ってすぐのベーカリーカフェで朝食をとる。 大きなベリーがのったデニッシュと珈琲。 スーツケースを引いて歩いている人を度々見かける。 海外からの観光客も多そう、という印象の神保町。 目的のお店は12時OPENなので、それまで街をふらふら歩く。 文房具を扱う「文房堂」に長居してから街を一周。

万年、どこの夢(#シロクマ文芸部)

 布団から芽が出ておった。  文字にすればそれだけか、つまらぬの。   締め切りの迫った原稿の筆がどうにも走らず、その程度のことは日常茶飯まゝあることよと、鼻糞をぴんと指ではじき、書き損じを仇の如く丸め、文机の真後ろに四六時中鎮座まします万年床に、小生は腰を支点に背から倒れこまん――としたのが一昨日のことであった。  重力の抗い難き力ゆえ致し方なきこと、と高らかに嘯いてみる算段でおったというに、すきま風の絶えぬ下宿ゆえの哀しさよ、羽織っていた掻巻の厚みに邪魔されるとは、なん

小説: ペトリコールの共鳴 ②

←前半                  後半→ 第二話 一途に相手を想い過ぎ  布団から顔を出すのが、昨夜から愛羅に変わった。  キンクマが死に、俺は掌に乗せて涙を流すと、 「ネズミなんて汚い」 愛羅はキンクマをトイレに流してしまった。 「タツジュンさん、あなたは洗脳されてます。 動物は畜生です。ペットの葬式は搾取ですよ。 こうして自然に還すのが、普通で 真っ当な人間がするべきことです」  今朝までの舌足らずなしゃべり方が一変し、威圧感と攻撃的な口調へ、俺は言い返せ

小説:ペトリコールの共鳴 ①

【あらすじ】 妻の遥香が死去し、深い悲しみに包まれたタツジュンの前に、まさかのことが起きる。亡くなった妻の生まれ変わりのようなハムスター"キンクマ"が話しかけてきたのだ。キンクマの言葉に導かれるタツジュンは少しずつ心の重荷を下ろす。 しかし、SNSで出会った謎の女性"愛羅"が、タツジュンの生活に変化を及ぼし始める。愛羅の本性は一癖ある人物で、遂にはタツジュンを危険な状況に追い込む。 そんな中、事態を察知したキンクマが真相解明と共にタツジュンの救出を試みる。危険な目に遭い

〔詩〕いますように

あるがままであれ おもうがままいけ こどものときに そういうときが だれにでも あたえられますように こどものときに そういうときが なかったひとも ほしいときに そうできますように そうであるならば きっと じぶんをきらいになったり しんじられなくなったり しないんじゃないかな ねがわくば それをあたたかく みまもるひとが だれにでも ひとりは いますように

ぽぽぽー

 ぽぽぽー。  磁力線はその一点を指していた。くたびれた商店街から枯枝をつたうように路地を進む。長いこと補修などなされていない店ばかりだ。 「エドの店」とペイントされた扉を押すと、ベルが錆びついた音をたてる。  硝子は磨き込まれているし、周囲に高い建物があるわけでもないのに、店内はほの暗い。外壁も店の内側も、くすんだ煉瓦タイルが覆っている。こいつが光を呑み込んでいるのかもしれない。  メニューには珈琲が数種類だけ。 「夜は食事とかお酒とか?」 「いや。珈琲だけです」  採算が

短編小説 | 眠らない

 雨。  三人がけのソファをベッド代わりにしている。薄い毛布にくるまって目を閉じる。  足を伸ばしてもソファの端から端にすっぽりと収まる僕のからだは、同じ年頃の同性と比べて大きいのか小さいのか、よくわからない。  人に会わなくなって、人と自分を比べることもなくなったら、自分のことがわからなくなった。  目を瞑り、ソファに収まって、耳だけは知らない誰かのことばを聞いている。誰かは恋愛について語り、誰かは今の世の中について語っている。全部、嘘かもしれない。  世の中が変なウイ

プライドより高い壁

最近気づいたことがある いや、気づいたというより見て見ぬふりをしていたというべきか、そんな自分の事情を再認識したという感じ。自分は、物事に対し貪欲さに欠けるということ まったくないというわけではない。だが、その貪欲さを貫くには度胸が足りないという致命的なことを忘れていた 思えば昔からなんでも中途半端だった。ある一定のところまで行くと、諦める。諦めるというより、辞めると言った方が正しいだろうか。手が届くところにあっても手を伸ばさない。その先に進む度胸がないのだ 限界を超える