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短編 第二集

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日常の隙間に入り込む、切なくも儚い存在
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#短編

おしくらまんじゅう #シロクマ文芸部

 冬の夜気はきんと音がしそうなほどに冷えていた。  昼は晴れていたが、午後三時過ぎにみぞ…

吉穂みらい
2か月前
66

朝霧の怪 #シロクマ文芸部

 霧の朝駆けは馬も嫌がる。  夜半に冷え込んだ街道は朝方には濃霧に包まれていた。視界を遮…

吉穂みらい
3か月前
58

本日は晴天なり #シロクマ文芸部

 「秋」と「本日は晴天なり」、どちらを選びますかと男は言った。  その男に会ったのは去年…

吉穂みらい
3か月前
72

童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。  これ、ことわざなんだってと、万葉は言った。  へえ。じゃあ明…

吉穂みらい
4か月前
79

遠ざかる星

 電話の声は、確かに遠ざかっているのだ。  毎日話していたら気が付かないくらいの速度で。 …

吉穂みらい
5か月前
72

Luna☽ #シロクマ文芸部

 「月」の色恋沙汰は、もう聞きたくない。  そう思って決意した。  「月」の、癖もなくす…

吉穂みらい
5か月前
63

のうぜんかつら #シロクマ文芸部

 懐かしい痛みだわずっと前に忘れていた  頭の中で松田聖子の声で再生された『SWEET MEMORIES』に記憶が呼び覚まされる。あれは1993年。あの夏も暑い夏だった。そんな記憶があるのはあの夏私が短い恋をしていたからだ。  懐メロに喚起されたペンギンのCMとビールとキス。甘ったるい記憶の自動再生にぼんやり歩いていたら、あまりの暑さに植え込みにうずくまっていたらしい鳩が、急に飛び出して目の前を斜めに過ぎった。  羽音をさせて、できるだけ飛翔距離を節約したいというように日陰

ラムネのオトヤ #シロクマ文芸部

 ラムネの音弥、知っとるか、とオッサンは言った。  オッサンというのは、別にぼくの叔父さ…

吉穂みらい
8か月前
42

紫陽花をんな無限ループ #シロクマ文芸部

 紫陽花女がいる、という噂が、どこからともなく広がった。  昭和の口裂け女のことは、子供…

吉穂みらい
8か月前
68

RAIN #シロクマ文芸部

 『雨』を聴くためにその店を訪れた。  21時からしか開かない店。お酒と音楽だけを提供する…

吉穂みらい
8か月前
64

タケナワモールワラシ【ピリカ文庫】

 北川屋グループ「タケナワモールKITAGAWAYA」は今年、オープンして20周年を迎える。   山…

吉穂みらい
9か月前
95

金魚鉢宮 #シロクマ文芸部

 金魚鉢宮、次はきんぎょはちぐう、というアナウンスが車内に響いた。 「キンギョハチグウな…

吉穂みらい
9か月前
70

アディクト #シロクマ文芸部

 白い靴が、足首だけを連れて目の前を歩いて行った。靴底に特徴のある真っ白なスポーツタイプ…

吉穂みらい
9か月前
43

秘密 #シロクマ文芸部

 風薫、るり、と呼ぶ声がした。  ふたりが振り向いた時、そこにはただ、木があるだけだった。ご神木とされている、大きな欅の木だ。  五月の神社の空気は清明だった。欅の古木は少し身体を捩るようにして立ち、晴天に向かって腕を広げるかのようにして立っている。 「今、なんか声が聴こえなかった?気のせい?」  るりが小さな声で言う。彼女には今の声が、明確な言葉には聞こえなかったらしい。ふたりは立ち止まり、再び耳を澄ます。さやさやとした葉擦れの音だけが聴こえた。  るりの、グリーン系のチェ