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童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。
 これ、ことわざなんだってと、万葉まよは言った。
 へえ。じゃあ明日は晴れだね、と言うと、うわ、だめ!雨になるように祈って!と慌てたように叫んだ。明日は体育で長距離走があるから、ぜひとも雨になってもらわなければ困ると真剣な顔で言う万葉の顔は、ひたむきで真剣で、妙に可笑しみがある。
 笑うと歯が全部見えるのが嫌だと万葉は言う。でもそんなところが可愛い。ぽっちゃりとした体つきも、色白でふっくらした頬も、くりくりとしたつぶらな瞳も、みんな可愛い。大好きだ。
 夕日が背中を押してくる、って歌があるでしょ、と、万葉はなおも続けた。あれって怖くない?真っ赤な腕で押してくるんだよ。ホラーじゃん。
 そう言われてよく考えてみると、本当に怖い。
 万葉はそういうの、よく知ってるよね、というと、合唱部だからねと胸を張る。万葉の歌は確かにすごい。その体全体を使って発声する歌声にはみんな度肝を抜かれる。オペラやゴスペルなんかも似合いそうな、ソウルフルな歌声、かと思えば透明感のある高い声も良く通る。七色の声の持ち主って、万葉のような人のことを言うんだろうな、と思う。

 万葉がそんな話を際限なくし続けるほど、今私たちの目の前にある夕焼けは美しかった。私たちは川べりの土手のコンクリートに座って、学校が終わってから家に帰るまでの間に「セトウツミ」みたいにお喋りをする。スタバやタリーズになんか入っていたら、あっという間にお金が無くなる。私たちは他にやらなくちゃいけないことと、やりたいことがありすぎた。
 あ、ちなみに「セトウツミ」はお姉ちゃんの漫画で、この前万葉にも貸した。私たちってセトウツミみたいだよね、万葉と由衣だから、何になる?あ、セトとウツミって苗字か。苗字は可愛くないね、やっぱり女子は名前重視じゃない?という話をしたところから進んでいない。どっちでもいい。私と万葉は、名前なんてなくたって、最強バディだ。

 童謡って言えばさ、「たき火」ってあるじゃない。お母さんの時代でも、道でたき火なんかしてなかったって。おばあちゃんは庭でゴミを焼いてたって。小学生の時、裏でゴミ焼いてきて、って言われて、ゴミ焼いてたんだってさ。ありえなくない?ダイオキシン吸いまくりだよね。しかもさ、北風ぴーぷー吹いている、だよ。そんな日にたき火なんかしたら絶対ヤバいって。
 万葉の話は際限がない。
 あとは「赤とんぼ」。夕焼け小焼けの赤とんぼ。上手い?いい声?ありがとう。あ、歌は知ってるの。童謡って合唱部でよく歌うからね。でも私、赤とんぼって見たことない。動画とか画像ではあるよ、でもとんぼなんて触ったことない。それにさ、十五でネエヤはヨメにいき、って、虐待?私と同じ年だよ。ありえなくね?しかも、お里の便りも絶え果てたって、「絶えた」だけじゃなくて「絶え果てた」って。ふうん、そうか、口減らしとか言うんだ。由衣ちゃん物識りだよね。ヨメとか全然、想像できない。結婚とか想像できない。もう、世界観違い過ぎて全然共感むり。
 ええと、あと何かあったっけ。夕焼けの歌。ググってみよ。あ、これも合唱部で歌ったことあるよ。「夕焼け小焼」。赤とんぼと歌い出し似てるから混乱するんだよね。出だし?はい。ちょっとまって。すぅぅ、「ゆうやけこやけで日が暮れて」。上手い?「赤とんぼ」より好きなんだよね。だってさ、いい歌詞だから。わかりやすいし、可愛い。私、二番が好きなの。

 こどもがかえった あとからは
 まるいおおきなおつきさま
 ことりがゆめをみるころは
 そらにはきらきら きんのほし

 オレンジの空にくっきりと黒く浮かび上がっているビル群が、遠くに見える。その手前には、はてしない家、家、家。不思議な色合いの雲が、刷毛で履いたように見えていた。川向うにそんな空を見上げながら、その透き通った声をいつまでも聴いていたいような気持ちになる。
 気が付くと、通りがかった散歩中のおじいさんや、ジョギングしているお兄さん、犬の散歩中の人も何か魔法にかかったように立ち止まっている。他人の心を惹きつける万葉の歌声は、やっぱり特別なんだと思う。ていうかヤバい。目の前の夕焼けとこの子を今、私は独占している。
 歌い終わった万葉は、間髪を置かずAdoやあいみょん、アイナ・ジ・エンドの物まねバージョンで「夕焼け小焼け」を立て続けに歌った。Adoの「夕焼け小焼け」なんて想像してみたこともなかったけど、結構雰囲気をつかんでいて、それっぽい。
 そして最後に「明日、雨―――!!」と叫んでいた。
 いよいよ暮れゆく秋の空にその声を聞きながら私は、「この子はいつか世界に行く」と思った。それは予感ではなく、確信に近かった。
 なにか、私もこの逸材の役に立てることはあるかなと思う。精一杯応援することと、それから、それから。
 英語を勉強しよう。韓国語と中国語も勉強しよう。
 うん。世界は広いからな。

 うちに野望を滾らせながら、歌う万葉をみつめた。
 私の推しは、いつか必ず、世界をとる。

夕日が背中を押してくる」作詞:阪田寛夫 作曲:山本直純 (1968)
たきび」作詞:巽聖歌(歌人の野村七藏) 作曲:渡辺茂(ふしぎなポケットの作曲者)(1941)
赤とんぼ」作詞:三木露風(1921) 作曲:山田耕筰(1927)
夕焼け小焼け」作詞:中村雨紅(1919) 作曲:草川信(1922年)

※「赤とんぼ」の「姐や」にはいくつか解釈があるようです。
 三木露風の姉が結婚したとする説、子守りをしてくれた「姐や」が、三木が15のとき結婚したとした説など。
※作品中の童謡の解釈は、あくまで小説の中の十代の少女の個人的解釈です。

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