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短編 第二集

40
日常の隙間に入り込む、切なくも儚い存在
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記事一覧

種を飛ばす日 #シロクマ文芸部

 星が降るという重大発表に人々は恐れ慄いた。遠くに流星群を眺めるくらいなら綺麗で済むが、…

吉穂みらい
1か月前
68

おしくらまんじゅう #シロクマ文芸部

 冬の夜気はきんと音がしそうなほどに冷えていた。  昼は晴れていたが、午後三時過ぎにみぞ…

吉穂みらい
2か月前
66

朝霧の怪 #シロクマ文芸部

 霧の朝駆けは馬も嫌がる。  夜半に冷え込んだ街道は朝方には濃霧に包まれていた。視界を遮…

吉穂みらい
3か月前
58

受傷告知

 紅葉唐門からひとりの僧がかすかに香を漂わせながら衣擦れの音だけをさせて出て行った、きび…

吉穂みらい
3か月前
82

本日は晴天なり #シロクマ文芸部

 「秋」と「本日は晴天なり」、どちらを選びますかと男は言った。  その男に会ったのは去年…

吉穂みらい
3か月前
72

紙一重

 厄介な感情を持て余したまま右手を吊革にぶら下げていた。とっぷりと更けた夜の中を行く電車…

吉穂みらい
4か月前
108

ふたつの国宝 #シロクマ文芸部

752年 奈良 東大寺 廬舎那仏   金色に輝く廬舎那仏が私を見下ろしている。見下ろされた私は昂然と頤をあげてその像を見上げた。宗教と芸術がせめぎ合っている。出資者と芸術家の関係に、何かが絡みついている。いや、偶像と信仰の関係に、欲望が絡みついているのか。完全に純粋ではない何かが、私の目を曇らせる。  どうだすばらしいであろうと国家の顔をした男が偉そうに言うが、作ったのは他国の人間の技術と名もなき人々である。  私の国はとうになく、私の祖父は祖国を失いこの国に帰化した。

ブーケ・ドゥ・ミュゲ、あるいは鉄のアンリ #うたすと2

 霧のような雨だった。  車のライトに照らされた雨は、群青色をした天鵞絨の緞帳の前で繊細…

吉穂みらい
4か月前
62

童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。  これ、ことわざなんだってと、万葉は言った。  へえ。じゃあ明…

吉穂みらい
4か月前
79

遠ざかる星

 電話の声は、確かに遠ざかっているのだ。  毎日話していたら気が付かないくらいの速度で。 …

吉穂みらい
5か月前
72

風の色鉛筆

 「風の色鉛筆」というフォークグループとして、三人で活動していたことがある。当時はフォー…

吉穂みらい
5か月前
83

Luna☽ #シロクマ文芸部

 「月」の色恋沙汰は、もう聞きたくない。  そう思って決意した。  「月」の、癖もなくす…

吉穂みらい
5か月前
63

のうぜんかつら #シロクマ文芸部

 懐かしい痛みだわずっと前に忘れていた  頭の中で松田聖子の声で再生された『SWEET MEMORI…

吉穂みらい
5か月前
96

アジール #シロクマ文芸部

 レモンから揚げ、と私は言った。  レモンから揚げ?と、夫がリピートし、語尾を上げる。 「それがメニューの名前?」  夫が呆れたように言った。 「レモンを揚げてる、と思う人がいるよね、絶対」 「やっぱりそうかな」  私は自分の作ったメニュー表に目を落とした。 「でも、ほら。『から揚げレモン』だったら、レモンを揚げたのかな、って思うけど、『レモンから揚げ』だったら、から揚げにレモンがついてる、って思ってくれないかな?から揚げにはレモンって人と、レモンいらないっていう人がいるじゃ