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短編 第二集

37
日常の隙間に入り込む、切なくも儚い存在
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記事一覧

受傷告知

 紅葉唐門からひとりの僧がかすかに香を漂わせながら衣擦れの音だけをさせて出て行った、きび…

吉穂みらい
2週間前
78

本日は晴天なり #シロクマ文芸部

 「秋」と「本日は晴天なり」、どちらを選びますかと男は言った。  その男に会ったのは去年…

吉穂みらい
3週間前
70

紙一重

 厄介な感情を持て余したまま右手を吊革にぶら下げていた。とっぷりと更けた夜の中を行く電車…

吉穂みらい
1か月前
106

ふたつの国宝 #シロクマ文芸部

752年 奈良 東大寺 廬舎那仏   金色に輝く廬舎那仏が私を見下ろしている。見下ろされた…

吉穂みらい
1か月前
60

ブーケ・ドゥ・ミュゲ、あるいは鉄のアンリ #うたすと2

 霧のような雨だった。  車のライトに照らされた雨は、群青色をした天鵞絨の緞帳の前で繊細…

吉穂みらい
1か月前
62

童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。  これ、ことわざなんだってと、万葉は言った。  へえ。じゃあ明…

吉穂みらい
1か月前
79

遠ざかる星

 電話の声は、確かに遠ざかっているのだ。  毎日話していたら気が付かないくらいの速度で。  星と星が離れていくように、互いが少しずつ離れいずれ小さくなっていく。日増しにそんな寂しさを感じている。一日に一センチずつ離れたら、一年で三メートル以上離れる。おそらく十年前は、一日に一ミリ程度だった。  それが今はどうだ。時に加速がついている。  いつまでも一緒にいられないことは最初から分かっていた。この世に生を受けてから何もかもが瞬きする間に通り過ぎていく。まるで明日が来るのが当たり

風の色鉛筆

 「風の色鉛筆」というフォークグループとして、三人で活動していたことがある。当時はフォー…

吉穂みらい
2か月前
82

Luna☽ #シロクマ文芸部

 「月」の色恋沙汰は、もう聞きたくない。  そう思って決意した。  「月」の、癖もなくす…

吉穂みらい
2か月前
63

のうぜんかつら #シロクマ文芸部

 懐かしい痛みだわずっと前に忘れていた  頭の中で松田聖子の声で再生された『SWEET MEMORI…

吉穂みらい
2か月前
95

アジール #シロクマ文芸部

 レモンから揚げ、と私は言った。  レモンから揚げ?と、夫がリピートし、語尾を上げる。 「…

吉穂みらい
2か月前
72

うどん記念日【#白4企画応募】

 うどんが食べたいときみが言ったから今日はうどん記念日、というわけではないけれど、突如う…

吉穂みらい
3か月前
95

因習Cut it out! #シロクマ文芸部

 手紙に這う虫のような字を、解読できずに弱り果てた。  代替わりした先方は、乱筆ですがお…

吉穂みらい
4か月前
41

ラムネのオトヤ #シロクマ文芸部

 ラムネの音弥、知っとるか、とオッサンは言った。  オッサンというのは、別にぼくの叔父さんというわけではない。オッサンはオッサンだ。昔からオッサンと呼んでいる。別に怒られたこともないし、最初からそう呼んでいるので、気にしたことはない。  オッサンは見た目が怖い。そらそうだ。オッサンは割とマジもんのアレだ。よくあんな怖そうな人と話せるね、と友達なんかは言うけれど、別に実害を被ったことはない。  どうしてぼくが、マジもんのアレのオッサンと知り合いなのか、と言えば、ベタな話だけどオ