遠ざかる星
電話の声は、確かに遠ざかっているのだ。
毎日話していたら気が付かないくらいの速度で。
星と星が離れていくように、互いが少しずつ離れいずれ小さくなっていく。日増しにそんな寂しさを感じている。一日に一センチずつ離れたら、一年で三メートル以上離れる。おそらく十年前は、一日に一ミリ程度だった。
それが今はどうだ。時に加速がついている。
いつまでも一緒にいられないことは最初から分かっていた。この世に生を受けてから何もかもが瞬きする間に通り過ぎていく。まるで明日が来るのが当たり前というように、永遠を前提とした顔を向けあって、誰もが平然と生きているのだ。
明日の約束をする自分の、その傲慢な太々しさ。
あなたに元気なのお天気はどうと昨日も今日も聞いた。きっと明日も問う。肝心なことは何も話せず、何も聞けない。あなたはもう私にはあまり関心がなく、さっきから今日出会った人の話を繰り返している。
自分の話を、唇の裏側に到達するほど言いかけて言い出せず、ただあなたの言葉に虚ろな耳を傾けている。もうそんな話をしたところで、あなたがお仕着せの似合わないスーツを着込んだ腹話術の人形のように通り一遍のことしか言わないことはわかっている。誰もが自分のことしか考えていない。あなたの心にも私はいない。そんなことを今さら責めてもどうにもならない。願いはない。
心の中に沈殿した澱が舞い上がって収拾がつかない。言ったところであなたの心に幾何かも爪痕を残すことはない。言葉は零れ落ちて地面に沁みこんでしまう。たとえあなたがそれをその手で受けようとしても、指の隙間からこぼれて落ちて、取り戻すことはできないだろう。
あなたが元気ならそれでいい。ただそれだけで、そこにいてくれるだけでいい。もう少し離れる前に、もう少し互いに近づく努力をして、もう少しだけ手を伸ばせていたら、私はもう少し優しくなれていただろうか。
かつて私は若く、あなたと加速的に離れていくなどと考えてみたこともなかった。近すぎる鬱陶しさのほうが先だって素直になれず、互いに傷つけ合った。
時は同じように誰しもの上に降りかかるものだと信じて疑っていなかった。だがいまはわかる。私たちは星のように、ゆっくりと見える猛スピードで、確実に離れている。
なにか、とてつもない寂寥がそこにある。取り戻せない何かだ。あなたの声を愛しいと思う何かだ。
そのことを憂いてはいない。
ただその軌道を、いつか行く道として遠く眺めている。
了