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短編 第二集

37
日常の隙間に入り込む、切なくも儚い存在
運営しているクリエイター

#シロクマ文芸部

受傷告知

 紅葉唐門からひとりの僧がかすかに香を漂わせながら衣擦れの音だけをさせて出て行った、きび…

吉穂みらい
3週間前
78

本日は晴天なり #シロクマ文芸部

 「秋」と「本日は晴天なり」、どちらを選びますかと男は言った。  その男に会ったのは去年…

吉穂みらい
4週間前
70

ふたつの国宝 #シロクマ文芸部

752年 奈良 東大寺 廬舎那仏   金色に輝く廬舎那仏が私を見下ろしている。見下ろされた…

吉穂みらい
1か月前
60

童謡少女 #シロクマ文芸部

 夕焼けは晴れ朝焼けは雨。  これ、ことわざなんだってと、万葉は言った。  へえ。じゃあ明…

吉穂みらい
1か月前
79

風の色鉛筆

 「風の色鉛筆」というフォークグループとして、三人で活動していたことがある。当時はフォー…

吉穂みらい
2か月前
82

Luna☽ #シロクマ文芸部

 「月」の色恋沙汰は、もう聞きたくない。  そう思って決意した。  「月」の、癖もなくす…

吉穂みらい
2か月前
63

のうぜんかつら #シロクマ文芸部

 懐かしい痛みだわずっと前に忘れていた  頭の中で松田聖子の声で再生された『SWEET MEMORIES』に記憶が呼び覚まされる。あれは1993年。あの夏も暑い夏だった。そんな記憶があるのはあの夏私が短い恋をしていたからだ。  懐メロに喚起されたペンギンのCMとビールとキス。甘ったるい記憶の自動再生にぼんやり歩いていたら、あまりの暑さに植え込みにうずくまっていたらしい鳩が、急に飛び出して目の前を斜めに過ぎった。  羽音をさせて、できるだけ飛翔距離を節約したいというように日陰

アジール #シロクマ文芸部

 レモンから揚げ、と私は言った。  レモンから揚げ?と、夫がリピートし、語尾を上げる。 「…

吉穂みらい
2か月前
72

因習Cut it out! #シロクマ文芸部

 手紙に這う虫のような字を、解読できずに弱り果てた。  代替わりした先方は、乱筆ですがお…

吉穂みらい
4か月前
41

ラムネのオトヤ #シロクマ文芸部

 ラムネの音弥、知っとるか、とオッサンは言った。  オッサンというのは、別にぼくの叔父さ…

吉穂みらい
5か月前
42

紫陽花をんな無限ループ #シロクマ文芸部

 紫陽花女がいる、という噂が、どこからともなく広がった。  昭和の口裂け女のことは、子供…

吉穂みらい
5か月前
68

RAIN #シロクマ文芸部

 『雨』を聴くためにその店を訪れた。  21時からしか開かない店。お酒と音楽だけを提供する…

吉穂みらい
5か月前
65

金魚鉢宮 #シロクマ文芸部

 金魚鉢宮、次はきんぎょはちぐう、というアナウンスが車内に響いた。 「キンギョハチグウな…

吉穂みらい
6か月前
72

アディクト #シロクマ文芸部

 白い靴が、足首だけを連れて目の前を歩いて行った。靴底に特徴のある真っ白なスポーツタイプのスニーカーは、闇の中で蛍光色に光る。まるで踊っているような足取りで、スキップするように軽やかな歩行。  少女の切り落とされた足が赤い靴を履いて踊り続けるのはアンデルセンの『赤い靴』だった。その靴は足と共に踊り狂いながら暗い森へ消えたはずだ。  今目の前に現れた、あの白い靴と足は、いったいなんだろう。  つられるようにその足首と白い靴を追った。  少女がなぜ赤い靴に囚われたか。赤い靴が最