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因習Cut it out! #シロクマ文芸部

 手紙にう虫のような字を、解読できずに弱り果てた。
 代替わりした先方は、乱筆ですがお手紙いたします、とメールで伝えて来ていた。メールで手紙を出します、というのはいかがなものか。メールでいいのではないか。なぜあえて、手紙を書かなければならないのだろう。しかも、この字。
 読み難いかもしれませんが、と最初はだいぶご謙遜のようだと思ったが、本当に読みづらい。読みづらい、というより、読めない。
 小さな細かい字は、蟻の列のように見える。虫メガネで見ても、ただ単に字が小さいのではなく、字そのものがうじうじとのたくっているようで、何が書いてあるのかわかるものではない。
 諦めて電話をかけた。
「もしもし。申し訳ないのですが、手紙の字を読むことができません」
「それはそれは。大変申し訳ございません。まだ不慣れなもので失敬を。書きなおします」
 先方は恐縮している。
「それには及びません。このお電話でご用件を言っていただければ、それで事足りるのです」
「お電話でなど、とんでもないことでございます。正式な申し入れは、必ず手書きのお手紙でと、先々代から固くいいつかっているのでございます。お電話でお伝えしたとなれば、ご先祖様に面目がたちません」
「そう言わず。そもそもなぜ最初のメールでお知らせくださらないのですか。メールであれば、このようなお電話をしなくてもいいものを」
「いえですから、先祖代々、大切なことは手紙でと」
「それはわかりますが、しかし、私はただ、このお手紙に何と書いてあるかだけ、それが知りたいだけなのです。ええ、早急に。今すぐに。これからあなた様がお手紙を書かれたとして、私の手元に届くのに何日かかかりましょう。とにかく、可及的速やかに、内容を伝達して欲しいのです」
「さようでございますか。それは困りました。それではこうしましょう。これからわたくしがお手紙を書きまして、それをお宅さまへ届けることにいたします」
「どうしてもお手紙でとおっしゃるのですね。ではそうしてください。本日中にお願いいたします。私が不在の場合は、自宅のポストに投函願います」
「かしこまりました。ではすぐに」
 きっかり10分後、インターフォンが来客を知らせた。
「お待たせいたしました」
 先年亡くなった父親にそっくりの、クロヤギが立っている。
「おや、早かったですね」
「お隣ですから」
「お隣ならば、こうして会えるのですから、直接お話いたしましょう」
「いえ。お約束通り、お手紙をお持ちしました」
 受け取ったシロヤギはため息を吐いた。
「先ほどのお手紙は読むことができませんでしたので、不躾で失礼ではありますが、今ここで開封して、お返事申し上げても構いませんか」
「まあ、いいでしょう。こちらから伝えることは手紙でという、先祖代々の申し伝えは守られるわけですから」
 シロヤギは蹄をレターオープナーのように使い封を切った。手紙を開くと、先ほどよりは少し大きめの蟻がのたうっている。さっきよりはまだ、なんとか、読むことが出来そうに思われた。シロヤギは目を近づけ、解読した。
「あ、な、た、か、ら、の、お、て、が、み、は」
 誤って食べてしまいました、と書いてある。続けて、先般の手紙のご用事はなんでしょうか、と読めた。
「私の手紙の内容を尋ねているのですね」
 シロヤギは、ようやく手紙から顔を上げて、クロヤギの顔を見た。
「さようでございます」
「私がいつぞやお手紙にしたためましたのは、あなたからのお手紙の内容はなんであったか、ということでした。誤ってサンドイッチに挟んでしまい、うっかり口にしてしまったものですから」
 シロヤギとクロヤギは、互いに見つめ合い、ため息をつき合った。
「もう、やめませんか。この時代に、全く意味のない手紙のやりとりなど」
 シロヤギは言った。
「だいたいこのやりとりの最初の用事というのは、なんだったのでしょう。もはや数世代が経過しています。どうでもいいことであることは間違いないでしょう」
「しかし先祖代々受け継いできたこの習わしを、果たして私の代で終わりにしていいものか」
 クロヤギはこれが最初の仕事だったためか躊躇を口にした。しかし内心では間違いなくやめたいと思っているだろう。デジタルネイティブ世代だ。
「しかし、誰かがやめねば、私たちの子孫が繰り返すのですよ。そもそも我々は、電話もメールもLINEもできる間柄。家はお隣。にもかかわらず手紙のやり取りをしなければならないなんて。納得いきません」
「あの歌を!あの歌を抹殺するしかありますまい」
 クロヤギが、憎々しげにそう言った。
「ああ。あの歌。先祖にかけられた呪いの歌ですな。全く持っていまいましい!」
 シロヤギも唇を噛みしめた。

 しろやぎさんから おてがみ ついた 
 くろやぎさんたら よまずに たべた
 しかたがないので おてがみ かいた
 さっきの てがみの ごようじ なあに  

 くろやぎさんから おてがみついた
 くろやぎさんたら よまずに たべた
 しかたがないので おてがみ かいた
 さっきの てがみの ごようじ なあに……

#シロクマ文芸部