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インドのナグプールに(南天竜宮城)に行った話13 (マンセル遺跡篇2)
久々の投稿になります。
前回は、インドはナグプール近郊にある「南天鉄塔」と目されているマンセル遺跡とはそもそもどういうものかについて書きました。
真言密教の経典が隠されていたという、かつて南インド(南天)に存在した鉄塔のことです。
佐々井上人が自力で探し当てた遺跡が、その南天鉄塔ではないかということですが、私は、佐々井上人と師のお弟子さんのTさんに、そのマンセル遺跡に連れて行ってもらいました
インドのナグプールに(南天竜宮城)に行った話12 (マンセル遺跡篇)
久々の投稿になります。
ナグプール滞在中、私は佐々井秀麗師と弟子のTさんからマンセル遺跡に連れて行ってもらいました。
マンセル遺跡とは、佐々井秀麗師が発見した南天鉄塔の跡だと目される遺跡のことです。
では、「南天鉄塔」とは何でしょうか。
真言密教には、 「付法の八祖」と呼ばれる人(ほとけ!?)たちの名が伝わっております。
まず、密教の教主である「大日如来(だいにちにょらい)」が第一祖
インドのナグプールに(南天竜宮城)に行った話10
さて、佐々井秀嶺師が帰ってくるまで、まだ時間がかかるとのことでした。
私は、朝はインドラ寺のお勤めに参加しましたが、ヒンドゥー語かパーリ語のお経を読んでいるので私にはまったくわかりません。
まわりの仏教徒の声をバックミュージックに瞑想をするのみでした。
お寺の壇上には、オレンジ色の袈裟を着た何人かの仏教僧がお勤めを先導している。
その中には、昨日の菩提・般若師もおり、彼だけは日本仏教の黒い
インドのナグプール(南天竜宮城)に行った話6(タイ遍)
(続きから)
タイには結構長く居ました。
22歳のとき初めて旅した国がタイだったのもあり、タイはどんな外国よりも落ち着きます。
バンコクのカオサン通りという、バックパッカーの聖地(もう過去の話か!?)に宿をとり、私はひたすら本を読んだり酒を飲んだりして過ごし自堕落な生活をしておりました。
日本にいた好きな女性を残していたこともあり、旅に持ってきていた「闘う仏教」という本に出てくる、佐々井
インドのナグプール(南天竜宮城)に行った話 5
続きから
2009年~2010年に決行した世界一周の旅では、私は佐々井秀嶺を訪ねることができなかったと書きました。
2010年10月頃に、約1年4か月にわたる世界一周の旅を終えた後は、まだそこそこの資金が余っていたこともあり、日本をスーパーカブで旅し、真冬の四国遍路を歩きました。
世界一周をした後も旅熱が続いていた私は、日本でこのまま働くのか、また旅に出るのか悶悶としており、日本で植えこまれ
インドのナグプール(南天竜宮城)に行った話 3
続きから
佐々井秀嶺師は、龍樹(ナーガルジュナ)の夢告に従い、インドの最中央部、ナグプールまで赴きました。
ナグプールは佐々井師が来る12年前に、アンベードカルという不可触民(ダリット)出身の政治家が、数十万のダリットを引き連れてヒンドゥー教から仏教に改宗したところでした。
無論、佐々井師はそんなことは知る由もありませんし、アンベードカルのことも知りません。
英国からの独立運動、不服従で