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すーこ
2024年12月1日 16:52
十二月のある日、一人の女の子が生まれた。予定日より早く破水したその女の子の母親幸穂は、夫幸一に連れられて病院へ向かった。病院を訪れたとき、主治医はその日に休みを取っていることがわかった。看護師は慌てて主治医に連絡した。主治医は遠出をしており、病院に着くまでにはしばらくかかると言う。看護師は真摯に対応し、幸穂も耐えた。 それから主治医が到着し、懸命に処置をした。幸一は、分娩室の前の長椅子でひたす
2024年11月17日 16:22
霧の朝、私は車を時速20km程で走らせていた。今走っているのは高速道路だ。先ほど、かろうじて速度制限表示が見えた。そこには「50」の文字がぼうっと光っていた。私は怖くて時速20kmがやっとだ。前も後ろも見えないほどの濃霧のなか、私は霧が晴れるのをただ待ちながら、アクセルを浅く踏み続ける。 このあたりで霧が出ること自体は珍しくない。よく左手の山が霧に包まれているのを横目に、この道を走らせたことは
2024年11月4日 15:02
秋と本と聞いて、秋が「あき」に変換され、『こんとあき』という絵本が浮かんだ。 作家の林明子さん作、絵。ちいさい女の子「あき」と、あきのおばあちゃんが作ってくれたキツネのぬいぐるみ「こん」が繰り出す冒険の物語。こんをおばあちゃんに治してもらうため、あきは困難に立ち向かっていく。とてもやさしくほっこりする絵本だ。ふたりは無事おばあちゃんのもとにたどり着けるのか。 まだ読まれていない方には、ぜひ
2024年10月4日 00:26
夕焼けは。そんな歌詞から始まる、作曲:信長貴富 作詩:高田敏子『夕焼け』という合唱曲を歌ったことを思い出しました。 「夕焼けはばら色」という歌詞。とっても素敵だなぁと思います。花びらの色模様といきいきと咲く凛としたさま、美しく儚い感じ、さまざまなばらの色。たしかに、夕焼けはばら色をしていると、改めて歌を聴きながら感じました。 歌詞はとてもシンプルで短いのですが、素敵な歌詞のそのなかには、高
2024年9月28日 23:28
風の色を知りたいのです別れ際の空の茜色メガネの縁の黒色空が流す雨の灰色コーヒーの深淵の濃茶色甘く香るハンカチのピーコックグリーン月光に輝く指輪の青色ダンボール箱のアイボリー日の照らす手の肌色ミックスベリーの赤紫色ヨーグルトのバニラミックスナッツの薄茶色小さな器の水色スプーンの銀色お魚の小皿の藍色猫の毛並みのグレー五月の銀杏の明るい緑色風に揺れる髪の銀色信号の
2024年9月8日 01:04
レモンから生まれしものが糧となる🍋小牧部長、今週も素敵なお題をありがとうございました!シロクマ文芸部参加作品では、このときぶりの俳句?川柳?(どちらでもない曖昧な詩歌といえるか怪しいもの)です。本当にたまたま昨日、レモンクリームパスタをランチで食べ、米津玄師『Lemon』が主題歌のTBSドラマ『アンナチュラル』劇中登場の「UDIラボ」(架空施設、不自然死究明研究所 UNNATUR
2024年9月1日 03:12
流れ星でも観ようか。末永周平の誘いに、同じプロジェクトチームの平松星那はウキウキしながら、彼に続いて屋上へと続く階段を上がる。「流れ星に、周ちゃんは何を願うの?」 八月十二日、月曜日の深夜。会社の屋上で寝そべりながら星那が言う。終電をふたりして逃した。たまたま周平がタクシーを呼ぼうとスマホの上を滑らせた指。流れていく通知のニュース記事を横にスライドさせているうちに、「ペルセウス座流星群が極
2024年8月25日 15:11
目次 今朝の月は満月、望月だ。晴れの日にふさわしいまんまるの月が、まだ薄暗いなかに金色に光っている。朝から生暖かい二階のベランダで一人、空と藤の木を見上げながら昨夜のことを思い返していた。 昨夜、葵がうちに来て、先月末ぶりに一緒に夜ごはんを食べた。きらりちゃんもご実家に帰っていた。そう、二人の結婚前夜だった。前回結構夜深くまで話したから、近況報告もそこそこに、早くお風呂を済ませるように促し
2024年8月17日 20:43
花火と手だけが写った写真。でも、手に取るように覚えている。これは、あのときあの子と一緒に手持ち花火をしたときのだ。卒業アルバムに挟まれたその写真を見ながら、まだ成人前のひと夏の夜を思い返す。 もう十二年前になる。高校三年生だった。 あの日、突然誘われた。「うちと花火しようえ」 話したこともない僕にかけられた言葉。なんで、僕?「え、なんで僕なん? あ、いや、お誘いありがとう。うれしいけ
2024年8月12日 16:52
夏の雲が湧く(事件編) 姪を病院に連れて行った待合室で、姪のポケットのなかから折り畳まれた紙を見つけた。これはあいつの筆跡だ。手帳から引きちぎって書き付けただろうこれは、あいつなりの暗号なんだろう。 病院に迎えに来た姉夫婦に姪を託し、真っ直ぐ帰るよう告げた。既に信頼のおける護衛はつけてある。彼女たちと別れ、頭のなかで、さっきの文の解読を進める。角を曲がった後、俺は振り向いた。「いい加減、
2024年8月4日 12:34
風鈴とともに掃き出し窓に映る妻の顔は、曇り空のせいか暗い。部屋着のゆるっとしたワンピースを身にまとう彼女。そのグレーのワンピース姿は、窓の向こうの空と同化して見え、少し不安になる。麦茶の入ったグラスを片手に、下を向いている。何を見ているのだろう。「ゆうさん、何見てるの?」 彼女は窓から目を離さずに言う。「通行人」 通行人、かあ。「トンボ、とかじゃないんだ」「トンボはもっと高いところ
2024年7月26日 01:53
かき氷が恋しい季節になった。昔は白地に青い波紋があしらわれた浴衣に身を包んだ瑞江ちゃんと待ち合わせて、仕事帰りに屋台に寄って、ベンチで汗をかきながら食べたっけ。私はレモン味、瑞江ちゃんはブルーハワイ味。あの頃から瑞江ちゃんは、青が好きだったねぇ。 以前七海さんと作った海砂糖を一つ、小瓶から取り出す。これを小鍋に入れ、水少々を加え、弱火でコトコトと煮詰めてシロップを作る。とろみが出てきたら水を
2024年7月21日 12:08
海の日をくらう夕暮れ紅い日がのみこまれてゆく魅せられた者の目がうばわれる漏らした声がきこえる騒がしかった声はしずまりかえるシャッター音だけがあたりにひびく暗い海の底で日がねむる夜灯台が海をてらす眠る日におやすみをつげるように船長は灯りを頼りにすすむしんとした海をモーター音が切り裂く泡はきえて海はしずまる日の海をぬけだす夜明け橙の日がこぎだしてゆく魚を見ていた者の顔が
2024年7月5日 23:55
目次 手紙には、「スミレさんへ」と書かれていた。二つに折り畳まれ、宛名の上には、あのときの種。あれから何年経つだろう、私のことを覚えていたんだね。そして、まだ光る種を持っていてくれたのね。お母さんと交換日記を書いていた頃より小さくかっちりした筆致、「スミレちゃん」ではなくさん付けになっているあたりから、あの子がもう立派な大人になったことを実感した。 ときどきどうしてるかなって様子を見に行くと