マガジンのカバー画像

2023

295
運営しているクリエイター

2023年4月の記事一覧

何も変わらない(エッセイ)

何も変わらない(エッセイ)

電車を乗り継いで千葉駅に到着すると、地元特有の安心感に包まれた。乗り換えた快速電車は揺れが大きかったが、幸い酔う前に到着した。beams前で会社の元同僚と待ち合わせ、駅前のファミレスに入る。ジョナサンの店内は珍しく混んでいて、2人掛けの狭い席に案内された。

前回会った9月から、元同僚の生活は何も変わっていなかった。近況報告もあっさりと終わり、くだらない会社の出来事や、うしろの客の噂話などをして過

もっとみる
なぜか(エッセイ)

なぜか(エッセイ)

朝、昨日から不機嫌を抑えながら不在着信の折り返しをすると、電話口で名前を何度も間違えられ、話しているうちにイライラが顕れてしまい、受話器を置いたところで上司に注意された。私は昨日からの不機嫌もあり、不貞腐れてしまった。このところの精神不衛生は、自分の仕事にまで支障をきたしている。仕方がないので電話を諦め、机の掃除をして時間を潰し、午後から外出の予定を入れて直帰した。

前の職場にいた「なぜか働かな

もっとみる
ねちねち(エッセイ)

ねちねち(エッセイ)

不機嫌だと、人が離れていく。近頃そのことを身をもって感じている。ストレスの原因は指導中の新人で、仕事ができないだけでなく私の顔色を見て仕事の手を抜こうとする。成績を上げさせなければならないので私は彼を追い詰めるしかなく、結果的に眉間にシワを寄せ続けることになる。不機嫌を発する側の辛さなど考えたこともなかった。

いま職場は私を中心に殺伐とした空気が広がっている。上司や同僚は空気を和ませようの不自然

もっとみる
歌舞伎町タワー(エッセイ)

歌舞伎町タワー(エッセイ)

会社を休んで見た昼のバラエティで、新宿の東急歌舞伎町タワーが特集されていた。ガンバレルーヤのピンクの方がロケを小器用に回していて、それなりに面白かった。暗闇と極彩色が印象的な館内をタレントが回っていく。勿論トイレは紹介されていなかった。

Twitterでは「オールジェンダートイレ」の話題ばかりが上がるが、そんなの瑣末な一つの要素に過ぎない。設備に欠陥があろうとも、客は柔軟に工夫して切り抜ける。T

もっとみる
乱用(エッセイ)

乱用(エッセイ)

3月上旬、差し歯を入れたら歯が沁みるようになった。スースーと、神経が外気にじかに触れているような感覚で、頭まで痛かった。しばらく経てば馴染んでくるようだったので、頭痛薬を飲んで過ごしていた。4月に入っても痛みが収まらず、結局歯科で神経を取る治療をすることになった。治療によって歯の痛みは解消されたものの、頭痛だけが残るようになった。

次第に薬の効きが悪くなり、頭痛薬を飲まないと頭が痛くなるようにな

もっとみる
闇バイト(エッセイ)

闇バイト(エッセイ)

最近、私と彼女は「闇バイト」という言葉にハマっていて、怪しげな若者やませた小学生を見ては「闇バイトだ!」と言い合って笑っている。運が悪ければ自分も「闇バイト」に手を出していたかもしれないというスリルを、私も彼女もリアルに感じているのかもしれない。

「闇バイト」問題の本質のひとつは、事前に仕事内容を認識できないという点だろう。それは「雇用」という関係に原理的に潜む危険でもある。働く前の段階で、仕事

もっとみる
愛国と地元愛(エッセイ)

愛国と地元愛(エッセイ)

昨日、待ち合わせで阿佐ヶ谷駅前に行くと、区議選の街宣演説に遭遇した。その右派の新興政党の女性は、「日本を愛することは素晴らしいことなのに、日本では愛国者が白い目で見られる」ということを熱心に演説していた。揃いのジャンバーを着た活動員の顔を見ているうちにだんだん恐怖を感じてきて、私はその場を後にした。

ネットで展開される「愛国」というのは、所詮「日本政府愛」に過ぎないと感じることが多い。それは「日

もっとみる
天然ボケ(エッセイ)

天然ボケ(エッセイ)

天然ボケのタレントをあまり見かけなくなった。そもそもテレビ自体をあまり点けなくなったというのもあるが、それでも昔はもっと天然ボケのタレントが出演していたように思う。

いまは、代わりに芸人がたくさんボケる。真似するように男性アイドルもボケる。なんなら俳優もボケる。出演者がボケを「納品」して、効率的に番組が組み上がっていく。表層的な賑やかさが偽装される。

すっかりテレビを見て驚かなくなってしまった

もっとみる
25日(エッセイ)

25日(エッセイ)

お客さんと作品搬入の打ち合わせをしていて、「25日が空いていれば宅急便の集荷を手配してもよろしいですか?」と訊くと、「25日は給料日だ」と言われた。私はYesかNoかわからず混乱したが、客はただ給料日だったから給料日だと言っただけのようだった。その声はとても嬉しそうで、私は怒る気にもなれず、一緒ですねととりあえず答えておいた。急に人間扱いされたことに戸惑ってしまった。

職場でお菓子を食べ過ぎたの

もっとみる
つけ麺屋(エッセイ)

つけ麺屋(エッセイ)

同僚に帰りにつけ麺屋に誘われたので、彼女ができたことを報告してみた。器を受け取り、太麺を啜りながら「びっくりする話聞きますか?」と言って切り出すと、同僚は目を見開いて驚いていた。予想はしていたものの、驚かれることに改めて驚く。《やぐま》さんは天涯孤独に生きると決めたんだと思っていました、と言われた。

人の全体を端的に伝えるというのは案外難しい。見切り発車で喋りはじめてしまい、説明が散らかってしま

もっとみる
選挙#2 (エッセイ)

選挙#2 (エッセイ)

投票の意義について引き続き考えている。自分に与えられた一票は、なんと無価値なのだろう。わざわざ投票所に出向き、時間と労力を選挙に割くというのは、なんと無駄な行為なのだろう。選挙に行かなければならないという言葉は、道徳以上の何物でもない。

自分が世の中を回している人間なら、選挙のたびに世の中が変わるなんて危なっかしくてしょうがないと感じるだろう。思想もない有権者の気分に振り回されれば、それこそ社会

もっとみる
選挙(エッセイ)

選挙(エッセイ)

杉並区議会選挙を間近に控え、西荻窪の駅前は日替わりで演説やビラ配りが行われていて忙しい。昔からある国政政党から新参の地域政党まで、東京にはたくさん政党があるものだ。今日の候補者は「杉並区から戦争を止める」と声高に訴えている。まだ起きていない戦争を止めるなんて、結構なことだ。

区議会選というのは、もっとも投票先に困る選挙だ。知っている候補者もなければ、越してきたばかりで地縁もない。もちろん支持政党

もっとみる

ダムタイプ(エッセイ)

ダムタイプの凱旋展がアーティゾン美術館で開催されていた。

真っ暗な展示室に、斜めに方形の壁が設置され、映写された文字が横に流されていく。場内には全方位スピーカーとレコードが配置され、環境音が前後左右から届く。私は耳を澄ませて、目をゆっくりと閉じてみた。美術館で目を閉じるのは初めてだった。

「配置」によって世界が表現される手法は、東寺の立体曼荼羅を想起させる。作品は、サイバースペースに構成された

もっとみる
壁(エッセイ)

壁(エッセイ)

昨日、仕事から疲れて帰ってくると、隣の部屋との壁から断続的に笑い声が響いてきた。声の主は一種類で、どうやらオンラインゲームをしているようだった。ときどき叫び声や悲鳴も混ざってくる。私は壁を叩くことにした。

壁に耳をつけ、奇声を上げるタイミングを見計らう。奇声はなかなか上がらず、笑い声ばかりが続く。オンラインゲームとは爆笑するようなものなのだろうか。私は何をしているのだろう。急に惨めに思えてくる。

もっとみる