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小説

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#掌編小説

Bird Strike

Bird Strike

ープロローグー

 九月一日。晴れ。
村瀬祐樹はぎゅっとハンドルを握りしめた。

 夏が終わろうとしている。
高校三年生の夏に、値段をつけるとしたら、いくらの値がつくのだろう。夏特有の広くまじりけのない空に、雲が駆けている。遠くには海が見えた。白い鳥が、村瀬の横をゆうゆうと横切った。気持ちよさそうに飛んでいる。一瞬鳥と目が合った気がする。

「おまえに飛べるのか」

言われた気がした。鳥の名前は知

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夜の描き方

夜の描き方

 夜は美しすぎて、何度も何度も描くことを試されてきた。

 何千年も前から、名もなき画家たちがその美しさに魅せられて黒鉛をすり減らし、我こそは夜空を最もいきいきと描けると技術を競い合った。
 夜をまるごと捕まえようとした画家の試みはことごとく失敗した。真夜中の縁をなぞろうとしたら闇が濃くなった。夜の途方もない奥行きを写生するほど平面的に見えた。削り取られた鉛筆の芯の破片が台紙に舞い、さらに深い深い

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Yesterday Once More

Yesterday Once More

 中学二年生のとき、ひと夏だけ、ピアノを習ったことがある。好きな女の子がいたからだ。

 その子はいつも涼しげで、物静かな子だった。ピアノが上手で、音楽の授業の前によく友達とピアノを弾いていた。僕は休み時間、早めに音楽室に行き、何にも興味がないふりをして机に突っ伏して、そのピアノに耳を傾けるのがすごく好きだった。

 何か話すきっかけがほしかったのだろう。両親に適当な理由をつけて、近所のピアノ教室

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政治家の素養

政治家の素養

 演説中に倒れた政治家がいた。その政治家は病院に搬送されたものの、点滴を打つとすぐに選挙活動に戻り、その模様がたまたま報道され、当時ちょっとしたニュースとなった。その候補者は再選を果たした。

 次の選挙では、候補者は腕に包帯を巻いた者、松葉杖をついた者、車いすに首にギプスをつけて出馬する者などが相次いだ。一見、怪我も病気もしていない者も、社会的に弱い人の気持ちが分かると言った。われ先に、人に弱み

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Reborn

Reborn

「なあ、どこに向かっているんだ?」
「知らない。でも、あなたが進んできたのでしょう、ここまで」

 消滅する都市はきみを丸ごと飲み込んで、海は進行方向に向かって割れた。ごおごおと風が舞って、僕たちの顔に吹き付ける。



 よく生まれ変わる夢を見るんだ。知らない街、知らない人、喧騒の中で僕は逃げている。もしくは、何かを強く探し求めている。

 生まれ変わるたびに、僕自身の性別や顔姿かたち

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虎と私の十三日間

虎と私の十三日間

 (序)

 代官山の蔦屋書店に併設されたスターバックスで、私は窓の外を眺めていた。

 虎はフロアを物色して、私の過敏な神経を逆なでできる分野の本のタイトルを探しながら、歩み寄ってきた。絵本から出てきたような、鮮やかな毛並みの虎だった。

「よう。しばらくぶりに外に出れたぜ」

野太く、狡猾な声で虎は私に話しかける。
私は無視する。手元にある本にできるだけ意識を集中させる。労務管理の本を読んでい

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ワンダーアパート

ワンダーアパート

 住むと出世する、というアパートの噂を聞いた。駆け出しの役者の俺は、当時、喉から手が出るほど売れたくて、場末の飲み屋で聞いた他愛のない話を真に受けた。ぜひともそこに住みたいと思った。知り合いの役者仲間のつてを辿って、閑静な住宅街の一画の、見るからに古そうな、木造のアパートを探し当てた。


 六畳一間。風呂なし、トイレは共同。そこまでは普通だが、一ヶ月の家賃の支払いに関しては、奇妙なルールを提示

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りんごABC

りんごABC

これは、ただのりんごのお話。

ある集落に、美味しいりんごの作り方を発見したある小さな農家がいました。

あまりに美味しいから、その農家のりんごは、従来までのりんごの概念を変えてしまうほどでした。このりんごが発見される前と後では、果物の歴史が二分されるほどでした。


農家は、あまねく世の人に、この果実を食べて幸せになってもらおう、という一心で、りんごの作り方をひとり占めせず、分け隔てなく学び

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大貧民

大貧民

セルバンテスは著書『ドン・キホーテ』の中で、こう言った。


常識が変わる速さは、忍び寄るようにゆっくりの時もあるし、時として一瞬のこともある。『大貧民』というゲームで、さながら同じ数字のカードを4枚揃えるように、スペードの3が突然最も強くなることもある。
ある王国で、「貸し」と「借り」が逆転したのも、前触れのない夕立ちのように突然のことだった。


城の前に、ボロ切れを着た汚らしい男が立って

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ピース

ピース

昔、母とした約束がある。
夜。歩(あゆむ)はコーヒーを淹れて、ベランダから向かいのマンションの空き部屋をぼんやりと見つめていた。
3月も終わりに差し掛かるというのに、ひやりと風が頬をかすめた。


「死」について母と話したのは、あとにも先にもこの時限りだ。

それは遠い思春期の記憶。もう二十年近く前のことになる。
歩は十二歳で、当時、埼玉県の県営団地に住んでいた。
母は三十五歳、昼間は倉庫で働き

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探偵の才能

探偵の才能

職業柄、胡散臭い連中には慣れていたー。

その男、荒城国之の職業は、探偵だった。
荒城は調査依頼の一環で、都心部のある地域にここのところよく出向いていた。

再開発が進んだこの街は、行くたびに店構えが変わっている。
よくもまあこの短期間のうちに古い馴染みの店が潰れ、新しい店やサービスが生まれるものだ。荒城は雑踏を歩きながら、人々の栄衰について思いを馳せた。
メインストリートから一本外れた裏通りを歩

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Brand new Account

Brand new Account

湯沢茜は、時々、素の自分とVtuber「木南アカ」の境界線が分からなくなることがあった。

都内のマンションの一室。スタジオ、といってしまえば格好がつくが、それは自宅の寝室を防音仕様にした簡易な作りだった。

事務所の人からはもっと広くて、撮影に専念できるような物件に引っ越したら、なんて言われているけど、やっぱり今の場所が落ち着くし、裸一貫で金を稼いでいる感じが心地良くて、アカウントを作った5年

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胎動

胎動

目の見えない暗闇の中でも、羊水に浸かったままでも、母の身に危機が迫っていることは直感で分かった。

渋滞による寝不足のためだろう。
居眠り運転の中型トラックがスピードを出したまま横断歩道に近づいてくる気配がした。

父と母はゆっくりと横断歩道を渡ろうとしている。名も無き胎児は、頭を抱えるようにして、ぐっと身体に力を込める。

間に合え。間に合え。

ポコポコ    ぐにゅー    とんとん
ぷく

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車輪の唄

車輪の唄

本当に大切なことは口にするべきではない。言葉や文章にするべきではない。

自分の中の誰にも触れられないところにきちんと畳み込み、それを生きる糧にしていくべきだ。どうしても押しつぶされそうな夜にこころの拠りどころにするべきだ。そんなことは知っている。

けれど、過去と現在と未来がぐちゃぐちゃに混ざり合い、自分の力ではどうしようもないほど多くの意味と解釈を持ってしまったとき、僕は何をすればいいだろう。

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