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小説投稿していく予定です。 もう時効

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【中編小説】死願者 #6【完結】

第六話 最期の講義  女が早々に退院したとあって、それからは女の家に足しげく通うようになった。休日はかならずといっていいほど通った。管理人に、「あんたなら安心して任せられるわ」とお墨付きももらった。女の感情の起伏は前以上にはげしくなっているようだった。女の手首の傷跡は消えたりはしなかった。戒めの傷はその手首に刻まれ、女はときたまそれを呆けてながめたり、にやついたりしては、嬉々として男に見せびらかしてくるときもあった。男も代わりに親指の腹を見せてやった。しかしすぐに治癒し、痕

    • 【中編小説】死願者 #5

      第五話 未遂  学校というものは、利便性だけではなく、「無駄」を意識されて設計されているらしい。その「無駄」こそ、生徒の逃げ場にもなり、いわゆる設計者の、学校の、やさしさでもある。無駄とまではいえないが、たとえば保健室もその一種である。時間が停止してしまったような異様な空間。時間も音も臭いも、学校のそれとは隔絶されたあの保健室。無駄な保険医の微笑み(頬笑みというものも、意思伝達においては社会的で合目的的ではあるが、人間以外が行わないことからも動物学的には無駄であるともいえる

      • 【中編小説】死願者 #4

        第四話 予感  電話がかかってきたのは昼休みも終わるころだった。留守番電話にふきこんだ、『やあ、どうしているのかなって思って。いや、すこし心配になっちゃってね。大丈夫ならいいんだ、でも一応心配だから、もし時間あったら……』というメッセージを聞いたらしく、『仕事終わりに寄ってくださらない』と女が返事をしてきたのだ。  はじめて明かりのもとで女の化粧姿を見た。なんの意図があって、化粧をしてきたのか、薄い口紅がひかれている。はなしによると、「べつに用事があったとかじゃないの、ほ

        • 【中編小説】死願者 #3

          第三話 代償  クラスに一人は遅刻魔という者がいる。このクラスの常習犯は、同時にムードメイカーでもあった。いつもは仮病という病気を駆使してきて、男はかさねがさねそれに対し、病気は言い訳のためにあるのではない、とたしなめていた。この日もあきれながらも遅刻の理由を問い質した。 「こまってる人を助けてたら遅れました」  一同はおおいに笑った。 「……それを証明するものはあるかな」 「せんせい、何言ってんだ。おれの目を見てくれよ、これがなによりの証拠だ」 「たしかにいい目

        【中編小説】死願者 #6【完結】

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        • 掌編
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          【中編小説】死願者 #2

          第二話 罪悪  あの言葉が耳の奥で反芻される。  ふいうちだった。  誰かを助けるのに理由が必要だとは思ってもいなかった。あの女は死の望みを絶ちきれていなかった。命の恩人に対してあんな言葉を吐くくらいだ。本来であれば、救われた者は精一杯たくましく生きていくことを約束せねばならないのだ。その意思表明として笑顔の一つくらい見せるべきである。あの女が笑顔を見せるなら、あの唇の口角を、泣き黒子のある上方へと向けさせた、その表情を見ることができるのなら、救った甲斐もある気がしてくる

          【中編小説】死願者 #2

          【中編小説】死願者 #1

          第一話 報復  翅なしかげろうという寓話。一週間で命を終えるかげろうのなかで、翅のないかげろうは、仲間が短い一生を謳歌しばたばたと亡くなっていくなか、寿命をとっくに過ぎても生きつづけていた。翅のないかげろうは孤独を感じ、橋の上で、舞い落ちる桜の花びらを追うように飛び降りて幕を閉じる。そんな寓話。 「――めでたし、めでたし」 「これ最期、自殺した、って見方でいいんだよね? 小学生むけにしては灰汁がつよくないかい。命の尊さをうったえているわけでもなさそうだし……」男は尋ねた

          【中編小説】死願者 #1

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #3【完結】

          勇者 「安心しなよ」  助手席に乗り込むと青年は声をかけた。男は似合わず辛気臭い顔をしていたのだ。 「死亡届が市役所に受理されれば遺族に通知がいく。きみ……Kくんにも家族はいるだろうが原則遺族には転生者への接触が禁じられる」 「それと安心がどう関係あるっていうんだ」 「殺されずに済むってわけだ。死者を取り戻そうと気が動転して転生者を殺してしまう者がいるんだ」 「自分の家族のナリをしているのにか?」 「家族の皮を被っているだけさ。もちろん戻ってくると信じる遺族もい

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #3【完結】

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #2

          就籍届  早朝訪れた市役所はすでに混雑していた。  まず死亡届を記入しようとも自身の肉体の所持する名前も住所も何も知らない。身分証明はもとよりほとんど裸一貫であったのだ。いっそ警察にでも行き自身の顔写真を撮影し尋ね人として失踪届を出すのが先決だともおもわれる。  書くべき情報を知らずペンをいたずらに回している男に係員が近づいてきて、 「死亡届には、死亡診断書か死体検案書が必要ですが」と言った。  男がまごついてるとすかさず、 「災害でお亡くなりになったんですか」と続く

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #2

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #1

          プロローグ  ――転生。  記憶喪失者とのちがいは、脳の動きに異常な点が見られるか否かによって判断が可能である。  憑依と転生のちがいは長年議論されていたが、憑依であれば憑依者の任意の意志によって、憑依、覚醒の切り替えが可能だということから区別されうる。  つまり元の世界へ帰還したという例は未だかつてないことから、自己統制権を有しながら精神と肉体の後天的な非同一性を自認することを、  ――その唯一性をもって、転生と呼ぶ。 転生の夜  南脳市で行われました数学の世

          【短編小説】転生人格権及び救護に係る法手続き #1

          【掌編小説】ドライブ

           午前二時。  原動機を背部に取り付けた洗濯機の蓋を開け、ジャンプして内部に乗り込む。この一連の動作はとくに練習をした。  スタートを押すとぷすぷすと音を立てゆっくりと稼働した。もともとはドラム式の流線型のドアガラスに尻を突っ込み、まるで宇宙飛行士のように優雅に走りたかったが、妻からのお小遣いは足らずドラム式洗濯機なんて買えるはずもなかった。もちろん、本来の用途に使うのならばお小遣いの範疇を超えた予算追加の承認は得られたはずだったのだが、男はバカ正直に運転に使用する旨を告げて

          【掌編小説】ドライブ