【長編小説】異邦人 #3
電気も点いていない薄暗いカフェが道路片側に無数に点在している。戸は常に空いており、何よりカフェの前で二、三人の女がいる。女たちは、退屈そうに木製のリクライニングチェアに腰掛けていたり、パイプ椅子に座っていたり、壁に寄りかかっていて、我々が目の前を通っても、つまらなそうに一瞥し、入る? と目で訴えてくるだけだ。傍らにはボス猿のような老女が佇んでおり、実際カフェのボスで女たちの取りまとめ役なのだろう。どのバーも同じような構成と人員配置をしていた。我々はこのような場所に行くことを、冒険あるいは勉強と呼んでいた。
入り口に近寄るとボス猿がそれこそ猿のように、おうっおうっ兄ちゃんと奇怪な言葉を発し、どうだいと声をかけてきた。そして猿のように入口付近とカフェの奥にいる女たちを手招きし集合させようとするが、奥の女は気怠そうにそろりと近寄ってくるだけで扉までしか足を進める気はないらしい。我々は互いに見合わせ、もうどこでもいいか、という雰囲気をけどる。ボス猿に向かってサムズアップすると、入口の女に手を引かれ、そのまま暗闇の中へと誘われた。店内は電車内のように二組の座席が、入口側を向けて四組ずつ左右に配置されていた。互いの顔を認識するための光は後方のトイレの明かりだけである。
上半身がすっぽり収まるランパイヤージュチェアに座らされ、缶ビールを頼んだ。通りを挟んで反対側の座席に同僚が座らされる。強張っている私とは反対に彼がリラックスしているのが遠目でも伝わった。ただ頻りに横目でお互い監視し、怪しい素振りを見せられればすぐ逃げだす準備を整える。
女の一人——適当にあてがわれた女——がとなりの席に座り、ビールをねだる。缶ビールをもう一本頼むと、彼女は私の膝に座り、首に手を回してきた。衣擦れの音は、獲物を狙う獣の、身を潜める茂みのそれだ。吐息が私の頬にかかった。酸っぱい果実の臭いがした。暗闇で顔のパーツは見えず、醜女か絶世の美女なのか、想像が膨らんでいくが、シルエットというものはどうしてこうも欲情を駆り立てるのだろう。
名前は? と訊かれ、私は応えた。
他にも何種類かの個人的な質問を寄越し、都度一言、ほとんど単語だけで返答していった。
長い沈黙があった。時間を潰すために三本目のビールに手をつけた。同僚は何を話しているかまったくわからないが、時折り笑い声が聴こえてくる。
目が暗闇に慣れていき、モザイク処理が徐々に薄くなっていくよう、女の顔が露わとなっていく。ウェーブのかかった長髪のなかに、収まりのいい卵顔。丸い目。
女はおもむろに私の手を掴むと、自身の片胸に押し当てた。そして首筋にキスをし、汗を舐めた。外に行こうよ。と女は言った。ホテルってこと? そう。いくら? 女は指を四本立てた。私が煙草を吸おうとすると、女は膝の上からどいてとなりに座りなおし、女のもつスマホの光だけが我々の顔を照らした。その顔は、勉学をせず夜の世界に早くから染まってしまった女特有の幼さを引きずり、わずかに見せる表情にくたくたな老いが浮かびあがる。この環境で育った女たちには、幼さから老いまでのプロセスのなかに、大人の女性という型が存在しないミッシングリンクがあるのだとふと思った。
同僚を覗くと、まだ話している。私は女と交わす言葉をもたない。喘ぎ声が聴こえた。彼が女の淫部に指を突っ込んだらしい。この際言葉は要らない。女は画面を見ながら片手で、私の脚の付け根を擦りはじめる。ズボンとの摩擦で刺激され、ちゃんとそれに素直に応えてやる。女が音のしないよう片手で器用にチャックを下ろすと、膨張した根本が隙間から俄かに飛び出し女は先を人差し指で押し付けるようにこねくり回す。ブルと身体が震えた。指を放すと糸が引き、女はそのまま鼻の先に持っていって、にやと笑いながら臭いを嗅いだ。何度も先と鼻を行き来し何度も嗅ぎ、臭いと呟いて指を咥えた。次いで私の口にも指を突っ込まれ舐めされられる。饐えた臭いがした。指で歯茎からその裏側まで何周も何周もなぞられ、脱力し次第に身体が麻痺していった。手に持った煙草の灰が落ちそうになっていた。女は落とし物を拾うように身を屈み、見つからないように一瞬先端を軽く噛んだ。ひゃっと間抜けな声をあげてしまい、バレそうになる。身体を起こし、また画面に注視しはじめるが、その片手は強く握ったままである。強く、そして力を抜き、また強く握られ、血が巡っているのを感じる。鬱血するほど強く握られた。
気づいたとき、彼女の姿勢は崩れ、椅子から落ちていた。同僚から聞くに、私が彼女を両手で突き飛ばしたらしかった。