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【長編小説】異邦人 #2

 職場の斜向かいには小児病院があり定期的にイベントをやり、カラオケ大会が繰り広げられる。

 騒音規制などなく壁も薄いこの街では、オフィスのなかにいてもさながらクラブのような爆音に壁が揺れることもあった。

 音に耐えれず仕事を休止し、私は同僚と共に目と鼻の先の病院へと足を運んでみた。日中の陽射しは顔を上げるのも躊躇させた。赤く日焼けしたタンクトップすがたの白人が観光で練り歩いているが、何がおもしろいのか袖無しはゲイだと住人に笑われるためおめおめ着るわけにもいかない。

 病院前の立て看板には、《関係者以外立ち入り禁止。医療従事者及び入院者に希望と勇気と癒しを提供するためにカラオケ大会を実施しています。》とある。警備員が棍棒のような物を持ちながら柵に寄りかかっている。足元で茶色く煤けた犬が地面につかんばかり舌を突き出し暑さに喘いでいた。我々も暑さに耐えながらフェンス越しにステージを眺めた。

 そもそも、入院している子達が寝れないって本末転倒なんじゃないかな。と同僚は言った。私はその同僚の当たり前な意見にぎくりとした。些か感覚が麻痺していたようだった。同僚のふとした一言は私を現実の世界に引き戻す調整弁になっている。ただ、実際事実として、現に繰り広げられているし、入院者からのクレームは恐らくあがっていない。この風習はここ一、二年に始まった話でもないだろう。

 ほんとうただの善意の集合体なんだろう、と彼はつぶやいた。

 ステージの奥の木々の隙間から三階建ての灰色に染まった病院が見える。塗装が禿げているが元々は桃色の建物だったようだ。檻のようなベランダから顔を出して観戦している子供たちもいる。

 これが普通だって思い続けるなら、それはいいと思うんだ。

 病院の広場に特設ステージが設けられ、様々な歌手が一曲ずつ交代し歌っていた。プロなのか雑技団のような演者たちがアクロバティックなパフォーマンスを見せた。合間に病院関係者や病人がステージにあがり歌う。白い病院服を着た子供は咳き込みそれでも笑顔で、親に手を引かれながら傀儡のように踊っていた。踊ることできっと病気に打ち勝つ自信が湧いてくるにちがいない。

 でもきっとあと数年で終わるんだ、価値観が変わってしまうから。そうなったとき、住人同士で罵り合う。昔は良かったのなんやかんや、当時の映像を見ながら。責任はすべて時代のせいさ。私は述べた。

 同僚は手を伸ばしフェンスの上からカメラでステージを撮っていた。

 我々は一頻り写真や動画を撮影した後、オフィスにもどり、『街での生活』というコラムの執筆にとりかかった。

 私は二時間でコラムを書き上げ、同僚は甘いコーヒー(それは頭痛がするほど甘い)をストローで吸いながら、そういえば、と言った。

 私はブラックの缶コーヒーを啜っていた、
 ああ、昨日の誘拐事件のことだろ。

 私は自分の記事を三重にチェックし、上がってきた記事も三重にチェックした。どの記事も完璧だったが、ぜんぜん面白いと思えなかった。ただ、完璧だったのでそのまま通した。

 我々は仕事を終え、原付で十分ほどの路面のスシヤに行った。同僚はギターを背負おっていた。街のバンドクラブに所属しているのだ。

 室内はなく、吹きさらしに四席が十二組配置されている。中央に屋台形式の調理場がある。冷蔵庫はないが、更に奥の室内へと通じる通路にあるのだろう。席はほとんど満席で客がこぼした料理に猫が群がり、客には物売りと乞食が群がっていた。客らは蠅を払うよう、猫と物売りと乞食を払っている。同僚は机にギターを立てかけた。

 我々は差し出されたスシに食らいつきながらビールを飲んだ。サーモン、マグロ、ウニ、シメサバ、エビ、カキはやめとけよ、腹に必ずくる、ギャンブルだ。おすすめはトンカツとウミブドウ。七時まで半額だからいいから食え。給料日まで金ないんなら食い溜めしとけ。

 机を這うゴキブリに同僚はひぃと声をあげ、気づいた女性の店員がおもむろに近づきにナイフ取り出すような速さで鷲掴みにし、そのまま握りつぶすと、滲み出た黄色い液をズボンで拭いた。頭がもげ、路傍に転がったが触覚はまだ動いている。私はそれをつま先で目の届かない範囲まで蹴っ飛ばし、スシを摘まんだ。

 にしても良かった。連絡つかなくなるし、警察に言おうとも大の大人がそんな、原付で誘拐されるなんて信じてくれやしないでしょう。連絡手段が途絶えるってここじゃあ命取りなんですから。

 ああ、わるいわるい。郊外で電波が悪かったんだ。

 物売りの女の子の一人が卓に近づいてきて、無言でガムを差し出す。買えという意味である。無視して話を続けると顔のまえにさらに突き出し手首をスナップさせる。

 で、その一四区には何か収穫があったんですか。

 なかなかに賑わっていたよ。

 物売りはガムをつまみ上からぶらぶらさせる。女の子のスニーカーは真っ白である。何度もHEYという声がとんでくる。同僚は黙って金を差し出しガムを奪いとった。女の子は無言で飛ぶように跳ねて走り去り陰に潜んでいる母親にお金を渡していた。

 あそこは、大学も近くて学生街ですからね、安くてそれなりの店もあるっていう。今度連れてってください。それよりもねえ、食べ終ったらこの後どうです? 川沿いに面白そうなところ見つけたんですよ。

 店を出たところ、七、八人の少年少女の物乞いに囲まれ、四肢を引っ張られた。一人いたら一○○人はいるというのは大袈裟ではないらしい。



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