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一条天皇と后たちのものがたり。『源氏物語の時代』山本淳子


『枕草子のたくらみ』がステキだった山本淳子さんの出世作。一条天皇のお后は定子、そして彰子が有名で、彼女たちの女房の清少納言が『枕草子』を書き、紫式部が『源氏物語』を書いたことはもっと有名です。そのせいか、一条天皇は脇役っぽくて、摂政の藤原道長の存在感が大きいイメージです。

そんな一条天皇とお后たちの物語を、山本さんは『栄花物語』や『日本紀略』、『大鏡』などなどたくさんの史料を駆使して、わかりやすく読者に教えてくれます。どの史料にどんな記述があるのか、それはどんな根拠に基づいているのか、なぜそんな風に書かれているのか。どれが本当に近いのか。推理小説のように千年前の宮廷の恋物語を紐解きます。

自由恋愛はできず、結婚は政略。妻の家柄に準じて寵愛し、子孫を残す義務がある。そんな時代の一条天皇は、ただ一人の女性、定子を愛します。彼女の実家は父の藤原道隆が亡くなって没落し、兄も罪人として捕まってしまい、定子は辛い立場に立たされます。それでも一条天皇は定子を愛し、手放しません。

なぜ、そんなドラマチックなことになったのか。山本さんは、花山天皇のハチャメチャな治世と愛憎の時代から説き起こし、一条天皇の父、円融天皇のことも踏まえて、一条天皇に至る複雑な背景を説明します。

また、藤原家の兼家とその兄弟の確執、子どもたちの闘いも踏まえると、当時の宮廷のおもしろさが際立ちます。立身出世のために教養ある正妻を迎えた藤原道隆。おかげで娘の定子も漢文の読める教養ある后として一条天皇に愛されます。一方の道長は妻に天皇の血筋を求め、娘の血筋を確かなものにし、教養にかけては女房たちを取り揃えます。その中の一人が紫式部というわけ。

山本さんは、「はじめに」でこう書きます。かつて、一条天皇と后たちのドラマチックな物語は教育現場で教えられてきた。それは『枕草子』や『源氏物語』など、古典作品を読むのに欠かせない知識だったから。でも、今、大学でこの話をすると、「初めて聞いた」という学生ばかり。だから、若い人に知ってもらうためにこの本を書くことを思い立ったそうです。

確かに、断片的には知っている古典のエピソードですが、こんなにまとめて、筋道立てて話してもらえると、かなり歴史や文化への理解もしやすくなりますし、やっぱりわかりやすいです。そして、基礎知識もふんだんに盛り込まれているのがいい。

例えば、当時の女性の○○子、△△子という名前が一般的で、「子」という字は「こ」と読まれていた。それは、読みがながふられている史料があるのでわかっている。でも、それ以外の漢字の読み方がはっきりしない。貴子が「たかこ」か「たかいこ」かもわからない。偶然わかっている明子は「あきらけいこ」と読むのだとか。なので、仕方なく全て音読みにして「定子」=「ていし」とか「彰子」=「ショウシ」と読んでいるのだそう。

あと、個人的には主婦だった紫式部が初めて女房として出仕したとき、同僚が冷たすぎて、翌日から半年間引きこもって仕事に出てこなかった話がいい。現代なら「もののあわれ」より、きっと中高生たちに共感を得られるはず。

こんな歴史のディテールが読者にはとてもうれしいです。今の所、電子書籍化して欲しい本のナンバーワン。おすすめ。







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