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おんなじことのくりかえし
仕事の目的は代わり映えのない毎日を実現すること
そのはずだったというのにね
新しい当たり前を作るのは誰かの仕事に他ならない。電気ガス水道情報に始まり、生理生殖衣食住から埋葬まで、当たり前に続いてきたかのように思える日々の営みもほんの数千年。1億5千万年の人類史の中の最先端。瞬きのような時間の中で、変わり映えのない今日を生きる。
多くの仕事は変化と変革に満ち満ちており、現状維持は退歩なり。
常に改善と創造を繰り返しながら今日より少しいい明日を、今年よりも輝ける10年後を造ろうと志し、そのための犠牲を厭わず、ただ死屍累々を重ねるだけであっても意味を見出したつもりになりながら、何かを夢見て仕事をし続ける。
果てなき発展。決して廃れることのない絶頂。いずれたどり着く楽園。
完成された仕事とは永遠に繰り返すことのできる閉じた円環であり、仕事は労働に代わり、そして労働は疎外を生み出す。閉じた輪の中で働き続けるものはすでに人間ではないのかもしれない。
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完成されてしまえばそこに仕事の余地はない。
目的が達成されたのだから本望のはずなのに、それはあまりに空虚で、次の目的を見つけ出すことを迫られる。終わろうとすることは良しとされない。さらなる豊かさを求めるなら、次のリスクをとることを余儀なくされる。
終わることを選べば、もう戻ってくることも許されなくなる。
重力すらも作用しない完成された環の中を慣性だけで延々と回り続ける何かに変わり果ててしまう。あまりに非寛容な円環の仕組みだとも思うが、それもまた誰かの仕事でできている。
もし同じことを繰り返すだけで生きていけるなら、それは幸せなことだ。
本来仕事を通じてそういう生き方を実現したかったはずだ。そのはずだったのに、いつの間にか手段が目的化し、仕事をするために仕事をし、仕事をもらうために仕事をする。
それが良いことだと教えられ、それが良いことだと信じて生きている。
その場に留まるのは悪だと教えられ、発展することでいつかは幸せになれると約束される。約束が守られたことは、未だ一度もないけどね。
これもまた一つの疎外の形なのだろうか。
仕事のいきつく先は疎外だけなのだろうか。
仕事は人間を幸せにするのだろろうか。
人間の幸せとは、人間の決めたものでしかないのだろうか。
だとしたら、あんまりだ。空の空なりや。