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自分を大切にしてあげて。気づいてあげて。

※以下はあくまで個人的な意見です。

(前回)↓↓↓↓

貴方は貴方を大切にしていますか?
寄り添ってあげていますか?
愛していますか?
気づいてあげて

(前回の続き)
怒りや愚痴や不満を何故時がたってから扱うのか?
他者は「過去は過去。何故今になって…」「過ぎたことなのだから考えるな!忘れろ!あなたはまだ大人になれていない!」とか言う。
では愚痴や不満などを出してはいけないのかというとそうは思わない。

もちろん、合意していない他者に強制的に聞かせる見させるようなことは良いとは言えないと私は思う。ただ情報の取り扱いには気を付けつつも、私とそれを合意した者だけに見せる或いは話す分には構わないと思う。
だから例えばネットだとしてもあらかじめ注意書きなどの確認を入れその上相手の一動作が入らない限り自然には見えないようにしておけば構わないと私は思う。常日頃からそうしている人も多いだろうけれども。
今まで生きてきて自分を封じ込めていたら書くことに抵抗があったりするかもしれないですね。紙の日記などの見られないものでもいいのだけれども、あえて他者が見る可能性のある場所に自分を出すことを続けていくことによって他者に圧せられて封じ込めていた人は鎖がだんだんほどけて少しは生きづらさが減るかもしれないですね。
合意の上だけど貴方を攻撃してくる人とはあまり関わらないようにしたほうがいいと思う。私なら関わらない。

ネット以外の直接対面や電話などのコミュニケーションでもそう。
つい前置きを入れないで言動してしまったりすると相手は自分のことで頭がいっぱいだったり、その時はそういう気分ではなかったりして喧嘩やトラブルになってしまうかもしれない。
だから鬼気迫る表情など感情をそのまま出す前に、
あらかじめ「今から(こういうこと)言うけどいい?」とか、
とりあえず真顔で「今私は怒っているよ…」とか「今私は悲しいよ…」
などと前置きを言えればいいと思う。
「そんなの簡単当たり前じゃん」などと思う人もいるかもしれないけれどもこういった配慮をできる人もいればできない人もいる。
そして怠慢なのではなく改善することが難しい人もいる。

自分の内を出すということは他に押さえつけられることなく私が私を愛するため大切にするために大切なこと。
だからむしろネットや現実などで我慢することなく押さえつけることなく解放してあげることは押さえつけられてきたものを開放する満足させる私を大切にする愛するための一つの手段でもあると思う。
例えば機能不全家族育ちで精神的身体的経済的虐待を受けてきた人やいじめや差別などを受けてきた人も、そしてこれらの経験がないけれど日常的に自分の内に浮かんでくる人などは、浮かばない日常を過ごせればいいのかもしれないけど、そうすることが難しいかもしれない。
それに楽しいと思っている人でも、そう思わないと不安定になってしまうし怖いから見ないように封じ込めている人もいるかもしれない。
自分の言いたいことしたいことを言動するということを。
もちろん場合によっては現実世界には出さないほうが、他者には見せないほうがいいかもしれない。つけ込んで利用してくる人もいるからそこは注意が必要。

※精神疾患を患っている人は治療者と相談してみてください。
診断されたわけではないけれど行けずにいる貴方。
精神科や心療内科はハードル高いと感じていたり、
偏見などを持っていませんか?
警戒しなくても大丈夫です。
それにメンタルクリニックという言葉なら、
聞いた感じがよくなるのではないですか?
私的には病院よりも治療者の対応を観察したほうがいいと思います。
例えば、薬を出すタイミングが早いとか。

私は私を大切に愛して寄り添って付き合って私は私を生きる。私を大切にできなかったとしてもこれからでもいいから少しずつでもいいから観てあげて気づいてあげて大切にしていく。それを続けていきたい。話を書いて聞かせて他者に償ってほしいわけではない、やめてほしいわけではない、文句を言いたいわけではない、傷をつけたいわけではない責めたいわけではない....………
私のためにやっていること。私のために私がやっていること。したかったのにできなかったことをやっているだけ。他のためではない。私が私として生きて再生するため。私が私に寄り添って私を大切にして愛するため。
ただ前回も書いたかもしれないけれども自己中心的になるということではありません。自律できる自立した人間であり続けようとするということ。

※私……私と書いてあるけど私のことではなく、貴方に当てはめてみてくださいね。

今の貴方には何が現れていますか?寄り添ってあげてくださいね。
もう我慢しなくてもいいよ。怖くないよ。大丈夫だよ。
など貴方自身に言い聞かせてあげてくださいね。
「私は大丈夫」という人。本当ですか?無理していなければいいのですけど、本心に気づいてあげられていないかもしれないから聞いてみたらどうですか?

と言っても具体例が欲しいですよね。あくまで一例ですが白紙を用意して例えば頭に”怒り”だったり”ムカムカ”が浮かんでいるならばそれを文字でも絵でもぐしゃぐしゃ塗りでもいいので書いてみてください。
「あ~そういうこと書いてある本とか言っている人とかいるよね。既出の情報か....」とか思いましたか?そうですね。そう、難しく考えなくてもいいのですよ。身近に転がっているのですよ。

そしてそれよりも書いている時貴方の体はどうですか?筆圧は?表情は?姿勢は?書く道具折ってしまう人もいるかもしれないですね。自分を撮影しておくのもいいかもしれないですね。
表情なら怖い顔していませんか?意識してその表情をおそらくしていないですよね?

このように、無意識に体が反応する分寄り添えていないかもしれないですよ。「気づいてあげられなくてごめんね。でも教えてくれてありがとう」と心の中でいいので貴方自身に言ってあげましょう。
でも自分を責める必要はありません。その時の貴方は幼ない子供だったり自分一人では変え難い環境だったりして弱者の立場で気づいてあげられる余裕もなかったのかもだったのかもしれないのですから。
「ああ、いわゆるマインドフルネスとか瞑想とか認知行動療法とか内的世界系とかACの克服とかの類かな」と思ったかもしれないですね。
もしそうなら貴方なりに探究してみてはいかかですか?
また、書いていて文字が汚いと思って嫌になる人もいるかもしれないですが、その”嫌”にも寄り添ってあげてください。


長々と書いてしまいました。
読みにくくてもどうか私はこれから練習していきますので温かく見守ってくれたら幸いです。

では貴方は貴方の日々を!また次回(・ω・)ノ

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