無人島だと思っていた島で人間と出会ったような喜びを込めて、ビラを配る
いまひとつテンポのズレたティッシュ配りを見ると、ついその人の背後にひたりと立って「タイミングが違う!今だ!」と松岡修造のごとく熱く教えたいという激情に駆られるほど、ビラ配りに並々ならぬ思いを抱いている。
何を隠そう私は、学生時代にバイトの仲間内でビラ魔人と呼ばれていた。
大学一年生のころの予備校バイトで蛍光ペンや消しゴムの入ったパンフレットを高校生たちに配ったのを皮切りに、ちんどん屋サークルで老若男女へのビラ配り、駅前でマッサージ店のティッシュ配り、試食品バイトで飲食物をお客さんたちに配るという経験を経て、いつしか魔人と呼ばれるほどのビラを配る力を身につけたのだ。
そんなビラ魔人としての自信を引っ提げて、先日ノベルゲームを作っている友だちの手伝いで東京ゲームダンジョンに臨んだ。
東京ゲームダンジョンは文学フリマのように机を何列にも並べ、それぞれのブースごとに自作のゲームを出品し、お客さんに遊んでもらうというイベントだった。
私の役目は来場者にチラシを手渡し、彼女のブースに誘導するというもの。友だちの出店の目的は、ブースに来た来場者に制作途中のゲームを遊んでもらって、改良点やよかった点を聞くことだった。
私は張りきってブース付近に流れてきた来場者にビラを渡し、「ねね、おもしろそうでしょう?このゲームを作ったのが彼女なんです!」と来場者を友だちのもとに誘導した。
誰にでも親切で物腰の柔らかい彼女は職場でも慕われているらしく、会社の同期や後輩が次々に訪ねてくる。
その人望を眩しく眺めつつ、ビラ魔人としてもしっかり働かなくてはと奮起し、再び気合を入れてビラを配る。
気合を入れすぎてしまったのか開始から一時間半でビラを配りきってしまったので、その後は何度かコンビニでコピーしながらひたすらにビラを配り続けた。
そんな努力の甲斐あってか開催中はほぼ常にブースに人がいる状態を作ることができて、私たちは大満足でイベントを終えた。
「つるさんマジで神!天才的な目配りとコミュ力!」
ビラをきっかけに案内したお客さんが立ち去ると、彼女は何度も興奮気味に私を褒めちぎった。
「いやいや、ちょっと気をつけて配ってるだけよ」
照れ隠しまじりにビラ配りのポイントを言語化していたら、はたと気が付いた。
ビラ配り。
それまではただなんとなく「ぬふふ、天職かもしれない」と呑気に思っていたけれど。
よくよく自分がビラ配りのときに見ているもの、気をつけていることを振り返ってみたら……日ごろ「全然役に立たない部分にばかり異様な熱を感じる」と友だちから揶揄されがちな私のnoteにおいて初の、ちょっとしたお役立ち記事になるのでは。
仕事で、あるいは文学フリマのようなイベントで。
個人がビラを配る機会というのがどれほどあるのかはわからないけれど、そういうときに役立ててもらえたら、とても嬉しい。
というのは建前で、アドレナリンとかドーパミンがどばどば湧き出すビラ配りの快感を、ぜひとも多くの人に味わってもらいたい。
どんだけビラ配り好きなんだろう、私。
ちんどん屋のように歩きながら配るパターンもあるけれど、今回は文フリのように固定された場所で配る方法に絞りたい。
ビラを配る動作の大まかな流れは、こんな感じだ。
その後、③~⑥を繰り返す。
先にざっくりまとめてしまうと、イベントでのビラ配りには周りを観察し続ける冷静さと、作品に対する情熱が必要といえるかもしれない。
さてここから、ビラ配りの流れを一つひとつ解説していきたい。
まずは、準備から。
〈準備〉
①ビラを適量手に取る。
この適量は、配布物の性質や紙質による。
落としそうになったり滑りそうになったりしない、自分が安心して片手で持てる量を持とう。
ビラの場合は、たわむことなくピンとした状態を保てる枚数がちょうどいい。
お客さんにとって正しい向きでビラが読めるよう、上下、左右、裏表の向きも確認する。
②通行人の邪魔にならないが、ビラを渡しやすい場所に陣取る。
なるべく人が流れてくる上流を見渡せる場所に陣取りたい。
回転寿司でひとつ前のテーブルに差し掛かったあたりから「そのホタテは私ンだ!」と鋭くガンを飛ばすあの感覚(各々好きな寿司ネタを思い浮かべてほしい)を思い出して、そこそこ遠くまで目が配れるポジションを取ろう。
とはいえ回転寿司並みにガンを飛ばしてしまうと、人が近寄れなくなってしまうので注意。
定位置を決めたら、ひっそりと観葉植物のように佇もう。
〈お客さんがブースを通る2秒前〉
③お客さんと目を合わせて微笑む。
この瞬間、お客さんがビラをもらってくれるかどうかがわかる。
こちらに向かって歩いてくるお客さんと目が合ったら、微笑もう。
「てっきり無人島だと思っていたけど……人、いたんだ!!!」というレベルの、最大級の喜びを込めて。
たった一人で島に漂着してしまったと思いこんで悲嘆に暮れていたら、唐突に人間に出くわした。しかも、言葉も通じそう。
そんな弾けんばかりの喜びを目尻に込めたら、相手の反応を見よう。
大抵の場合、目を合わせて「そのビラ、私にくれるつもりなんだね」と心づもりをしてくれる人と、ふいと目をそらして「俺いらないんで、そっとしといて」とビラお断りのメッセージをくれる人に分かれる。
そのサインさえ見誤らなければ、ビラ配りはほぼ終わったも同然だ。
この段階で2〜3人にスルーされるようになったら、集中力が切れてきた証。
「わあ!人がいる!無人島じゃなくてよかった!」と心のなかで唱え直そう。
④ビラを一枚取って渡すモーションに入る。
もらう意思を示してくれたお客さんに、ビラを差し出す準備。
この所作は可能な限り淀みなくなめらかに行いたい。
渡そうとしたビラが丸まってしまったり、うまく一枚取ることができずにもたついてしまうと、もらう素振りを見せてくれた人とのタイミングがズレて一度足を止めてもらわなくてはならなくなってしまったり、「やっぱりいいです」と立ち去られてしまったりする。
ビラを一枚だけスムーズに取るのが難しい素材の場合は、指サックがあると便利。
お断りのメッセージを発してきた人に対しては、あまり期待せずにビラを見せよう(あるいは渡すふり)。
そのビラの魅力がその人に刺さって、「やっぱりほしいかも」と立ち止まってくれることがある。
〈お客さんがブースを通る1秒前〉
⑤作品を一言で紹介する。
「ノベルゲームのご紹介です」
「一人暮らしのエッセイです」
「及川光博似の夫と結婚するまでのエッセイです」
なんのビラを配っているのかを一言で、なるべく短く簡潔に紹介しよう。
フレーズに引っかかって立ち止まってくれた人に、より詳しく説明をしたり、ブースの主につないだりする。
声量は普段の会話の1.2倍くらい、速度は0.8倍くらいを意識して話すとちょうどいいように思う。
あまり大きな声で話すと、その人宛ての言葉ではなく不特定多数に向けての言葉のようになってしまうからだ。
アイコンタクトを交わした人にだけ、しっかり届けば十分。
〈お客さんがブースを通過する瞬間〉
⑥ビラを手渡す。
もらう意思を見せてくれている人にビラを手渡す。
その人の手元まではスピード感をもって、ビラが手に渡る瞬間はその人が手を切らないよう花を渡すような気持ちでふわっと渡す。
渡しながらその人が何か聞きたそうか、早く立ち去りたいかなどの状況を素早く観察する。
もしも何か言いたそうにしていたら、もう一押しして様子を見よう。
作品を手に取ってくれるか、作品や作者に興味を持ってもらえるかどうかがかかっている、一番緊張する瞬間だ。
もらってもらえないのは、嫌われているからじゃない
「ビラ配りが得意な人」と認識されるようになってから、ビラ仲間から相談を受けるようになった。
「全然もらってもらえない。通行人の邪魔になっているような気がする」
「差し出したものを断られると、すごく傷ついて自信を失う」
「一度へこむと、そのあと歩いてきた人になかなか渡せなくなってしまう」
ときどきそんなことを悲しそうに相談されるのだけれど、どうかどうか、ビラをもらってもらえないことに傷つかないでほしい。
その人がビラをもらってくれなかったのは、渡すタイミングが合わなかったか、そもそもその人が「もらわない人」だったからにすぎない。
ここまで書いてきた通り、ビラを手渡す前にビラ配りはほぼ完了している。
もらってもらえないことが続いたら、立ち位置や渡すタイミング、アイコンタクトが取れているかどうかに立ち返って態勢を整えてほしい。
へこんでいる間も、イベントは続く。
自分の大切な作品を広めるための時間は、刻一刻と削られていくのだ。
せっかくのチャンス、最初から最後まで活かしきらないともったいない。
だって私は、まだ無名なんだもの。
そう心の中心に据えて、配り切ろう。
無人島だと思っていた島には、実は数えきれないほどの人がいる。
そしてそのうちの何割かは、あなたの作品に興味を持つ可能性がある人たちだ。
出会えた喜びを、ここ一番のタイミングで爆発させていこう。
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試食品配りバイト時代のエピソードはこちらから。
お読みいただきありがとうございました😆